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立松和平さんを悼む
 20年以上前、当時所属していた雑誌の編集部に、取材の依頼が持ち込まれた。商船三井が企画した北方4島クルーズ。函館港から乗船し、釧路を経て、歯舞・色丹、国後、択捉の沖を領海ぎりぎりに通過し、ウルップ島とシムシル島の間でオホーツクに抜ける。今度は島々の北側を通って、知床半島を海から眺め、稚内に寄港、最後は小樽で下船するというコース。たしか5日間ほどの行程だったと記憶している。当時はまだソ連時代で、外務省を通じて事前の通告はしていたものの、誤って領海を侵犯すれば即拿捕される。侵犯しなくとも臨検はあり得るという、緊迫感のあるクルーズだったが、こんな機会はめったにあるものではない。すぐに手を挙げた。夏休みをとったばかりで同僚からは嫌みを言われたが。

 その船に、やはり取材で乗り合わせていたのが、立松和平さんだった。80年代、南の島や辺境に憧れていたブログ子の私淑していた1人が、立松和平さんだった。その本人に会えたことが光栄で、多分いくつかの旅行記・ノンフィクションの題名をあげたと思う。すると立松さんは例の朴訥な口調で、少しはにかむように、このところ純文学に取り組んでいるんだと、おっしゃった。自分は小説家だという矜恃を伝えたかったのかも知れない。

 せっかくの出会いだったが、その後立松さんにお目にかかる機会は一度もなかった。それが、8年前、立松さんの故郷である栃木県の下野新聞紙上で思いがけず「再会」できた。同紙の新川忠孝論説委員長が、一面コラム「平和塔」に拙句を紹介してくださったのだが、主題は「足尾に緑を育てる会」の話である。明治時代に、足尾銅山の精錬用伐採と煙害とで裸となった山に植樹する運動で、そのリーダーの1人が立松さんだった。行動する作家の面目躍如と思ったものだ。立松さんは知床の自然保護運動にも関わってこられた。あの船に乗ったのも、知床そしてその先に続く島々への思いがあったのだろう。享年62歳。またどこか旅先でお会いできそうな気がしていたが、もう叶わない。

 先のコラムは立松さんの「心に木を植える」という言葉で締めくくられている。執筆された新川さんは、その2年半ほど後に急逝された。やはり62歳だった。
# by greenerworld | 2010-02-10 09:11 | 森羅万象 | Trackback | Comments(0)
[MOVIE]インビクタス─もう一つの南アワールドカップの物語
インビクタス まけざる者たち

 今年サッカーのワールドカップが開催される南アフリカは、サッカーはいま一つだがラグビーではニュージーランド、オーストラリアと並ぶ強豪だ。クリント・イーストウッド監督がメガホンをとった「インビクタス 敗れざる者たち」は1995年の南アフリカが舞台。1994年にアパルトヘイトが終了しこの年にはラグビーのワールドカップが開催されたのだ。しかし、アパルトヘイト時代に制裁で対外試合が禁じられたナショナルチーム「スプリングボック」は、直前になっても練習試合で惨めな敗戦を重ねていた。しかも、白人のスポーツであるラグビーは、黒人に敵視され、対外試合では相手のチームを応援する状態。心を痛めたネルソン・マンデラ大統領は、ナショナルチーム主将をお茶に呼び、ある依頼をする。それは人種融和のための壮大な賭だった……。

 ネルソン・マンデラ大統領を演じるのは、イーストウッドの主演・監督作品「ミリオンダラーベイビー」でジムの雑用係の元ボクサーを演じていたモーガン・フリーマン。「オーシャンズ」シリーズのマット・デイモンが、悩めるナショナルチームの主将フランソワ・ピナールを演じている。実話に基づいた映画で、最後には当時の試合の写真が映されるので、それぞれを演じた俳優と比べるのも一興。マンデラ氏は自分を演じてほしい俳優として、フリーマンを指名していたそうだ。

 Invictusはラテン語で「征服されない」という意味で、マンデラ氏が獄中で心のよりどころにしていた詩のタイトル。この映画ではアパルトヘイト時代は描かれていないので、「マンデラの名もなき看守」を事前に観ておくことをおすすめします。
# by greenerworld | 2010-02-09 21:20 | レビュー | Trackback | Comments(0)
温暖化スキャンダル
 科学者、研究者といえども、もちろん生身の人間である。研究が続けられるのは、その研究が世の中に認められ、研究費がつくことが前提である。お金の出所のお眼鏡に適わなければ研究はできないし、その前に食べていけない。純粋な科学研究というのはなかなか難しいものだ。しかも一般人にはその研究内容や真偽、意味さえわからないことが多い。しかし、地球環境問題と言えば、センセーショナルだ。この分野は公害、オゾンホールなど、時に利害の相反する大資本や国家権力からの迫害を受けてきた歴史もある。気候変動も初めのうちはそうだった。だからこそ、多くの科学者、研究者がコツコツとデータを積み上げ、議論を重ねてきたのだった。それがIPCC(気候変動に関わる政府間パネル)の手法だった。だから、われら一般人もその報告に信頼を寄せてきた。報告書にはビジュアル化された多くの“証拠”が示されていた。細かいことはわからなくとも、その図やグラフを見れば、温暖化の進行とその影響は深刻だと誰もが思う。

 そのIPCCのデータの一部にでっち上げ、または過大な評価が含まれていることが報道され始めた。時期はコペンハーゲン会議の開かれた昨年末あたりから。きっかけは、英国イーストアングリア大学の気候研究チームのメールがハッキングによって盗み出され、暴露されたことだ。メールには、平均気温低下を示す気象データを意図的に隠したという内容が記されていたとされる。過去千年間の気温推移の中で近年の急速な気温上昇を示す有名なグラフが、実は都合のよいデータだけからつくられたものではないかという疑惑も生じている。さらに今年に入って、「ヒマラヤの氷河が2035年までに消失する可能性が非常に高い」というIPCCの第4次報告書記述に、科学的な根拠がなかったことが明らかにされた。

 懐疑論者たちは俄然勢いづいている。しょせん、科学は政治やカネと無縁ではいられない。温暖化の元兇の一つと非難された石油メジャーのエクソンモービルが、温暖化の反証研究に資金を提供したこともあった。今回の暴露も、時期的に見て政治的な意図が感じられる。都合の悪いデータは反故にするか評価を低くする、逆に都合のよいデータはことさら大きく取り上げる。それは温暖化肯定派でも懐疑派でも、どちらの側にもあり得ることだ。マスコミにも詳細は理解できないから、スキャンダルめいた話だけが大きく取り上げられる。その結果真実(温暖化が起きているのかどうか、起こっているとすればその原因は何か)は遠くなる。

 IPCCは組織が大きくなり、検証すべきデータやそのプロセスは膨大かつ複雑になった。だが、そこで検証されるデータはしょせん二次情報・三次情報に過ぎない。さらに気象データ一つとっても、その測定値はみなが民主的な国にだけあるわけではない。シミュレーションに加えるべきファクターも十分ではない。もともとIPCC報告書がすべてを語っているわけではないのだ。

 結局はその限界を了解しつつ、懐疑派も加えて検証プロセスを透明化するしかないが、巨大になったIPCCだけでなく、世界はすでに「人為起源の温暖化が進行している」というフレームワークの元に動いている。そこに多くの人材や予算が投入され、法律も整備されている。“気候変動市場”も年々拡大している。もしそれが虚構に過ぎなかったとしたらすべてがひっくり返る。一国の政権交代どころの騒ぎではないだろう。

 パチャウリIPCC議長の関係団体が、気候変動ビジネスに関わる企業から資金を提供されているという“スキャンダル”も報道された。肯定派対懐疑派の論争や暴露合戦の裏では、それぞれを後押しするカネが動いているのかも知れない。
# by greenerworld | 2010-02-04 08:31 | 気候変動 | Trackback | Comments(0)
お粗末な一戦
 一言で言えば、お粗末な一戦だった昨日のフレンドリーマッチ・ベネズエラ戦。日本相手に勝ち点(引き分け以上)をとるためのお手本のような試合。アジアの下位チーム相手になら、好きなようにボールも回せて、ディフェンスもそれなりに崩せる。それで有頂天になっても、FIFAランク50位あたりで、ワールドカップ本戦出場も逃した主力も参加していないチームに、高い位置からきっちりプレスをかけられると、ボールも回せなくなってしまう。そもそも相手を崩すアイデアのかけらもなかった。相手が日本以上に攻撃力がなかったのが幸いしたが、ベネズエラ相手にこれでは、ワールドカップで戦う相手には手も足も出ないだろう。

 敗因の最たるものは、監督の采配(選手起用とポジショニングの明確化)だ。俊輔以上に中でプレーしたがる小笠原を右サイドハーフに置いた。左SHはやはり中が好きな中村憲剛。2トップに裏に飛び出すタイプの大久保と岡崎。これでは誰もサイドに張らない。高い位置からベネズエラがパスの出しどころをきっちり抑えると、後方で回すしかなかった。勝っているチームが時間稼ぎをするようなイライラするシーンが冒頭から続いた。

 前線の4人はパスが来ないから下がってもらおうとする。小笠原はほとんど鹿島でやっているボランチの位置でプレーしていた。憲剛もそれに合わせて下がる。いくら前線で動いてもボールが来ない2トップも下がる。その結果相手のディフェンスラインが上がり、ますますゴールが遠くなる。遠藤が消えてしまったのは、本来遠藤がやるべきこと(ボールの配球役)を小笠原がやってしまったからだ。4−4−2の布陣だったはずなのに、みんながフィールド中央で固まってしまった。今時小学生のチームだってこんな試合はしない。ペナルティエリアにボールを持ち込むことさえできない。決定的なシーンは1回もなく、得点の匂いすらしなかった。

 空いている両サイドにサイドバックが上がっても、それに対するフォローがない。期待していた右SBの徳永はまともなクロス一本もあげられなかったが、1人でドリブルだけで持ち上がれと言うのはそもそも無理だ。案の定、上下を繰り返している内にスタミナ切れしてしまった。象徴的なのはセンターバックの中沢が右サイドでオーバーラップしてクロスを上げたシーン。明らかに両CBはいらだっていたが、本来のサイドハーフの役割をSBが務めざるを得ないから、CBがサイドをオーバーラップするというへんてこなことになる。こんなことをやっていたら、ディフェンスラインが崩壊する。実際両サイドの守りにCBが奔走し、中央がガラガラになったことも何度かあった。

 岡田監督は新しい戦力を試せて成果があったと強がったが、開幕まで4か月というこの時期にそんなことをしている場合ではないだろう。もっとも終盤に金崎や加川を投入したのはふがいない先発陣に対する見せしめにも見えたが。イエメン戦でハットトリックして注目された平山もワールドレベルでは通用しそうもない。190cmの長身もオランダやデンマーク相手では「高さが武器」にならない。昨日の試合でも相手ディフェンスに寄せられて、ほとんど自分のスペースを作れなかった。

 個々にはいくらいい選手でも組み合わせと使いよう。指揮官がこれでは、海外組が入っても能力が生かせるとは思えない。一次リーグ全敗が見えてきた。
# by greenerworld | 2010-02-03 08:51 | フットボール | Trackback | Comments(0)
09年の世界平均気温は過去3番目
 2009年の世界の世界全体の年平均気温(陸域における地表付近の気温と海面水温の平均)が、1891年の統計開始以降、3番目に高い値となったことが、気象庁から発表された。平年差は+0.31℃(速報値)で、これまで最も高かった年は1998年、2番目が2005年、3番目が2002、2003、2006、2009年と1990年代後半以降に集中している。同時に発表された日本の平均気温でも平年差は+0.56℃で、1898年以降7番目に高いという。

 2009年の高温の原因としては、大気中の温室効果ガス増加による温暖化の影響に加え、エル・ニーニョ現象の発生が考えられるとしている。
# by greenerworld | 2010-02-02 14:20 | 気候変動 | Trackback | Comments(0)
アップルのキラーガジェット─iPad登場
 出る出ると噂されていたアップルのタブレットデバイスがとうとう発表された。「噂」通りiPhoneをそのまま大きくしたような9.7インチ画面のタッチスクリーンパソコンで、名前は「iPad」。こちらは「iSlate」が噂されていたが、はずれ。

 WiFi(無線LAN)対応専用機と、WiFi+3G(第三世代携帯)対応機があり、価格は最も安い16Gバイトメモリー搭載のWiFi専用機で499ドル。最上位の34Gバイト3G対応機が829ドル。米国では3月中の発売を予定している。

 プロセッサは、iPad用に開発されたA4。基本操作はiPhoneなどと同じタッチスクリーンだが、必要であれば画面にキーボードが表示される。タッチキーのサイズも大きくて、iPhoneよりも格段に使いやすい。またドックを備えた専用キーボードも発売される模様。

http://www.apple.com/ipad/

 iPodやiPhoneで実現したさまざまな機能やiアプリを使えることはもちろん、Mac用のオフィススィートであるiWorkもiPadバージョンが供給されるようである。これ1台持って、書類づくりや計算、プレゼンテーションも可能だ。ビジネス用途でも、たぶん他にもiPad用のさまざまなアプリケーションが提供されるようになるだろう。
 しかし、何と言っても注目すべきなのは、電子書籍や電子新聞の閲覧に対応していることである。この分野はAmazonの「Kindle」などがすでに世に出ているが、アップルはiPadの発売に合わせて、iBook Storeを開設し、iTunesのように電子書籍をダウンロードして読むスタイルを確立しようとしている。iPadの登場で、おそらくこの分野の市場は急速に拡大するだろう。iPodとiTunes Storeが音楽市場を変え、CDなどのハードメディアが売れなくなってしまったように、書籍や雑誌の市場も、短期間に大きく変わることになりそうだ。同時に全く新しいメディアの世界が開けていくような気がする。果たしてその先にあるのはどういう世界なのか。大手を中心に出版界はすでに対応を始めているが、もしかすると、大手出版社でなくても(誰でも)、ベストセラーを出せるようになるのかも知れない。それは果たして、かつてイヴァン・イリイチが提言した「コンヴィヴィアリティのための道具(Tools for Conviviality)」となり得るのか。少なくとも書店や印刷会社にとってはますます厳しい状況になりそうだが、一世代前の編集屋としては、アナログの世界が残って欲しいと願うばかりである。
# by greenerworld | 2010-01-28 10:24 | 森羅万象 | Trackback | Comments(1)
冬水田んぼに白鳥の便り
 栃木県で有機米作りに取り組むUさんの田んぼに、オオハクチョウが来ていると、メダカ里親の会の中茎事務局長からメールがあった。Uさんは知る人ぞ知るカリスマ有機農家の一人だが、昨期から秋〜冬の非耕作期の水田に水を張る冬期湛水、いわゆる「冬水田んぼ」を始めた。すると、その年の暮れに早くもオオハクチョウがやってきたと、年賀状を下さった。今期は少し遅れて、先週の土曜日に7羽が飛来したそうだ。

 冬水田んぼは、魚や両生類、昆虫類の生息・越冬場所を提供し、こうして野鳥も羽を休め、餌をついばんでいく。糞をしてくれれば、わずかでも肥料の足しにもなる。それに白鳥はなんといっても眼福である。働きかければ自然は応えてくれる。Uさんのお米に興味のある方は「いろいろ米」で検索してみてください。
# by greenerworld | 2010-01-25 17:11 | スローフード | Trackback | Comments(0)
ホッキ貝づくし
 八戸市のはちのへ酔狂さんから、貝塚ができるほどホッキ貝が届いた。貝の山を前に、しばし途方に暮れたが、緊褌一番、仕込みに取りかかった。カキむき用のナイフを少しあいている口に差し込み、貝柱を切断、さらにもう片方の貝柱にも刃を入れ、殻をこじり開ける。貝の身を取り出して水洗い。けっこう砂を飲んでいるのでていねいに。貝柱とヒモをはずして、これもていねいに水洗い。足と胴体が一緒になっているのが、本体。ここは寿司ネタの形を思い出しながら、包丁で開いて中のウロ(内臓)をこそげ落とす。慣れないので、1個さばくだけでもけっこう時間がかかる。このままでは夜が更ける……。一つ一つさばかないで全部開けてしまってから、身をさばく方式に変えた。だんだん慣れてきた。


作業も進み、かなり残り少なくなってきたホッキ貝。


殻を開けたところはこんな感じ。貝によってはけっこう砂が多い。

 全部さばき終わると時計の針はすでに9時、作業開始から2時間半がたっていた。ようやく調理に取りかかる。シャブリが待っている。気がはやる。まず生の刺身、一部をサッと湯通しして「釜揚げ」。火が通ると色がピンクに変わる。コントラストが美しい。貝柱とヒモも一部は刺身に、一部はゆでる。ホッキとエリンギとアスパラのバター炒めに、ホッキとワカメと青ネギの酢味噌和え。なんて贅沢。入出水管(貝殻からベロ〜ンと伸びているところ)は、生姜と甘辛く煮付けてみたらご飯のおかずにいける。コキーユの支度もやりかけたが、時間がなくて断念。残りの貝柱はお吸い物と、翌朝の貝柱ご飯に使った。

 八戸のホッキ漁は資源保護のため冬の時期だけに行われるそうだ。漁師さんたちが寒い北の海でとってくれた恵みに感謝しながら、家族3人ですべて平らげました。酔狂さん、ごちそうさま!
# by greenerworld | 2010-01-24 12:54 | スローフード | Trackback | Comments(0)
龍馬の盟友の末裔の訃報
 朝刊の訃報欄に土方与平氏の名があった。土方与志(よし)の次男で劇団青年劇場顧問という。演劇の世界はとんと不案内だが、土方与志の名は知っている。戦前、築地小劇場を立ち上げた人で、新劇運動の創始者とも言うべき人物。伯爵の身分だったが、小林多喜二の『蟹工船』を原作にした演劇を上映するなど次第にプロレタリア演劇に傾斜、官憲の弾圧を受けるようになり、ソ連訪問中に爵位を剥奪されると、そのまま亡命した。その後帰国するが治安維持法違反により検挙され服役している。

 与志の父の従兄弟に土方久功(ひさかつ)がいる。久功は戦前当時内南洋と呼ばれたミクロネシアのパラオ島やサテワヌ島に住み、島民の伝統的な技術をアレンジしたレリーフ彫刻や島々の民俗学的記録を残した。結核の治療を兼ねてパラオに滞在した作家・中島敦とも親交を持った。ブログ子は、若い時分ミクロネシアのポナペ島旅行をきっかけにミクロネシア関係の戦前の資料をあさっているうち、久功を知った(久功の資料や作品の多くは晩年を過ごした世田谷区の世田谷美術館に収蔵されている)。それで、その従甥(従兄弟の子)である与志も知った次第だ。世代は久功が一代上になるが与志の方が年長で、しかし2つ違いであったため2人はきわめて親しかったようで、築地小劇場のマークも久功がデザインしている。

 与志の祖父(つまり与平氏の曾祖父であり、久功の伯父)は明治維新の功労者で明治天皇の腹心でもあった土方久元だ。久元は土佐藩の上士でありながら土佐勤王党に所属し、中岡慎太郎や今をときめく坂本龍馬らとともに薩長同盟の成立に関与した。維新後は、農商務大臣や宮内大臣などを歴任、子爵さらに伯爵となる。皇典講究所所長、國學院大学学長も務めた。その息子である久明は陸軍大尉だったが、与志が生まれたばかりのころに自殺している。与志が剥奪された爵位は久元から直接継いだものだったわけだ。

 土方家は山内一豊の移封に従って掛川から土佐入りした。掛川市(旧大東町)に土方という地名があるが(昭和30年以前は土方村)、元々はその出だという。最初は久功との出会いだったのが、与志や久元へとつながり、さらに掛川にも縁があることがわかった。興味深いのは絶対的な天皇主義者であったはずの久元の身内から、与志のような反体制の演劇人が生まれ(与志は結果的に久元のつくりあげた地位や名誉を無に帰してしまった)、久功のような南島で漂泊の人生を送ったような人が出てきたことだ。与平氏の訃報に目を落としつつ、そのことを聞いてみたかったと残念に思った。
# by greenerworld | 2010-01-23 11:05 | 森羅万象 | Trackback | Comments(4)
石けんの実またはソープナッツ
 散歩コースに大きなムクロジの木がある。胸元の高さでの直径は60cmもあるだろうか。今は葉をすっかり落として、あちこちの枝に房なりに実がついているのが見える。民家の敷地にあるのだが、枝から落ちた実が道ばたにも転がっていたので、何個か拾わせてもらった。

 実は一つ一つはこんな形(写真上)。振ると中に入っている種がうごいてカラカラ音がする。開けてみるとまん丸で黒い種が入っている(写真中)。昔はこれを羽根つきの羽根の頭に使った。確かに堅くて、重い。数珠玉にも使うんだそうだ。

 で、むいた皮の方を水に浸してもんでみると、こんなに泡が立つ。成分のサポニンが界面活性作用を持っているためだ。そう、ムクロジの実はかつては洗濯や洗髪に使われた。石けんの実という呼び名もある(ただし、ほかにサイカチの実やエゴの実も石けんの実と呼ばれる)。英語では同じ仲間をソープナッツといって、今でもインドや東南アジアで使われているとか。検索してみると、ソープナッツを“人と環境にやさしい天然石けん”として販売しているところもある。結構な値段である。今日はただで手に入れた天然石けんでシャンプーしてみるとしようか。
# by greenerworld | 2010-01-22 17:11 | 花鳥風月 | Trackback | Comments(0)
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