東京新聞・中日新聞「紙つぶて」
1月10日から、東京新聞・中日新聞の夕刊コラム「紙つぶて」に執筆させていただいています。6月までの半年間、火曜日の担当です。
600字強の字数とは言え、週1回の締め切りというのは初めての経験で、なかなかスリリングな日々です。もっとも落とすわけにはいかないので、時間のとれない時期の分はある程度ストックしています。しかし、できるだけタイムリーな話題をと思うと、予定していた原稿を締切日に差し替えるなんてこともすでにありました。
ツイッターやフェイスブックでは、何かつぶやいたり書き込んだりしたことに、すべてではありませんが、すぐに反応があります。一方、新聞コラムは直接読者の方の反応がわかりません。そこで、翌日フェイスブックに記事を投稿して、友人の皆さんからご意見をいただいています。ただし版面権があるので「友人限定」の公開、偏りがあることは重々承知。また記事の参考にさせてただくために、質問を投稿することもあります。
表現や情報発信の仕事の端くれにいる者としては、そんなウェッブとの連動も少し試行しつつ、半年間を楽しみたいと思っています。
600字強の字数とは言え、週1回の締め切りというのは初めての経験で、なかなかスリリングな日々です。もっとも落とすわけにはいかないので、時間のとれない時期の分はある程度ストックしています。しかし、できるだけタイムリーな話題をと思うと、予定していた原稿を締切日に差し替えるなんてこともすでにありました。
ツイッターやフェイスブックでは、何かつぶやいたり書き込んだりしたことに、すべてではありませんが、すぐに反応があります。一方、新聞コラムは直接読者の方の反応がわかりません。そこで、翌日フェイスブックに記事を投稿して、友人の皆さんからご意見をいただいています。ただし版面権があるので「友人限定」の公開、偏りがあることは重々承知。また記事の参考にさせてただくために、質問を投稿することもあります。
表現や情報発信の仕事の端くれにいる者としては、そんなウェッブとの連動も少し試行しつつ、半年間を楽しみたいと思っています。
除染だけが復興ではない(東京新聞寄稿の続き)
11月30日付東京新聞朝刊(首都圏版「談論誘発」)に「除染と帰還だけが復興か」として寄稿させていただいた。1200字の制限なので伝えきれなかったこと、執筆時点(11月21日)以降の情報も踏まえて、少し書いておきたい。
飯舘村に限らず、策定が進む汚染地の復興計画は「除染して帰還」が前提になっている。しかし、それは「計画」というより「希望」と言った方がいい。これまでこれほど広範囲に汚染された地域を除染した経験はどこにもない。チェルノブイリ周辺でも、除染はいたちごっことなり結局はあきらめた。これまで実施した除染モデル事業は全て小面積の限定的なもので、高濃度広範囲に汚染された地域に、しかも山林が7~8割という地域全体に応用できる技術かどうか、誰にもわかっていない。費用も期間も含めて、放射能の除染はすべてが未知の世界である。
国の除染基本方針では、2年後の目標値は年間被曝線量50%削減である。ところがそのうち8割は半減期分をみているのだ。結局国も除染について自信があるわけではないらしい。にもかかわらず2割分のために莫大な費用をかけるということになる。しかし、高汚染地区では、2年で半分になったとしてもとても戻れるものではない。
たとえば先行する飯舘村の復興計画では、除染期間は住環境2年、農地5年、山林20年を目標としている。村民の中にはこれを疑問視する声も強い。地域は4分の3が森林であるから、20年は放射能に囲まれて暮らすことになる。農地にも放射性セシウムが流れたり飛んだりしてくるだろう。実際、福島市や伊達市の米で高濃度のセシウムが検出されたのは、周辺の山林から流れ込んだ可能性が高い。すでにセシウムは環境中に入り込み、どのような動きをするか皆目見当もつかないのだ。もとより除染は、元のように暮らし仕事をするために行うはずだが、ひっそりと家の中で放射線を浴びないように暮らし、とれたものも食べられないような生活で、果たして「復興」と呼べるのだろうか。多くの避難住民は、そうした現実を理解しているように思われる。今の国の除染方針は「机上の空論」と批判する住民もいる。
11月26日夜に開催されたの飯舘村「除染説明会」のユーストリーム中継を見たが、あの説明で納得し安心した方は、会場にも中継を見た方にも一人もいなかったのではないかと思われる。そのくらい、村民の質問、疑問に国から出向の役人はまともに答えていなかった。はぐらかしているのではない。本当にわからないから答えられないのだ。
これまで、国は「除染して帰還は住民の要望」だから、国の責任においてその方針を打ち出したという流れになっているような気がする。だが11月26日説明会での飯舘村長の説明を聞くと、国が除染という方針を打ち出したからわれわれとしてはしっかりやってもらいたい、と話がすれ違っている。
どこかで、高濃度汚染地域において長期間帰れないことを口にすることが政治家や官僚にとってタブーになったのではないかという気がする。あるテレビ番組のインタビューで、警戒区域から避難している住民の方が「誰も悪者になりたくないから帰れないと言わない」と批判していたが、実際にその程度のことなのかもしれないのだが……。
われわれの調査(日本大学生物資源科学部糸長研究室―NPOエコロジーアーキスケープ共同実施ヒアリング)では、「帰りたい」という高齢者でも「子どもや孫は帰らせられない、帰ってこないのは仕方ない」と述べている。若い層、とくに子育て世代では帰還の意思は少ない。除染にも期待する声もほとんど聞かれない。もちろん誰もが「帰りたい」と願っているが、「帰りたいけれど帰れない」のが実態である。
村民には「若い人がいなくなって村と言えるのか」、「高齢者しか住まないのでは20年、30年たてば村はなくなってしまう」という声もある。村民はきちんと現実を冷静に見て判断している。26日の説明会中継を見て、ますますその思いを強くした。多くの村民の率直な思いを直接ぶつけられても、まだ「除染して帰還は住民の要望」だと、国は言い続けられるのか。
放射性物質はなくならない。ただ放射能は半減期に従って減る。2年では半分にしかならないが、セシウム137の半減期である30年を経過すれば、ほぼ同量放出されたセシウム134の放射能は消滅しているので、そのまま置いておいても放射能で4分の1になり線量率では6分の1程度になる。雨での流出、地中への沈降を考えれば、8分の1〜10分の1になると期待できる。もちろんこれもあくまで期待であるが、何もしなくても時間がたてば放射能は減るのである。
莫大な除染費用は、国民全体の負担になる。そのコストをかけた結果汚染は除去できず、ずるずると時間がたって、地域社会も消滅する可能性は決して小さくない。そこで得をするのは一体誰か。原子力関連団体が除染事業の差配を請け負い、その下にゼネコンが均等に連なる構造を見れば、ああこれは旧来の構造そのままだとわかる。公共事業が減ったゼネコンには千載一遇のチャンスでもあるし、幾多の業者がここを先途と福島に群がっている。
このまま黙っていると「壮大な愚行」を認めることにはなるまいか。今からでも遅くない、住民の声をしっかりと聞き、取り入れた復興計画を作る方向へシフトすべきだろう。とくに飯舘村民は事故直後に避難対象にもならず、計画的避難で3か月半も高線量の地域にとどまった。また避難が遅れた分、仮設住宅や借り上げ住宅は各地に分散し、コミュニティがバラバラになっている。その間に受けた被曝を考えれば、できるだけ線量の少ない地域に避難し、そこでコミュニティや文化を維持しつつ、生活と仕事の再建を目指すことが望まれる。その間に東電と国の責任で除染を進めるにしても、線量の低いところから行い、普通の生活に戻れるようになった場所から段階的に帰還する、中長期的な復興プランがあっていいはずだ。
ただ先の説明会での村長の思いには変化も感じた。これまで除染・帰還一辺倒だったのが、26日の説明会では「帰って来られない若い人たちのことも考えなければ」という言葉が聞かれた。
談論誘発では、中長期かけて帰還する現実的な避難・復興計画の必要性と、まとまった土地の手当てやそこでの生活・仕事再建のための支援を訴えた。ただ、土地や復興住宅には公的補償──見通しのない除染にかける費用を最小限にして──をあてるとしても、仕事の再建には必ずしも補助金は必要ない。避難している人たちの持っているさまざまな技術やノウハウを生かして、新しいコミュニティビジネスを作っていければいいと考えている。全国の皆さんに応援していただきたいのは、商品の購入、販売先や顧客の紹介、出資などの面である。食品であっても、しっかりとした検査態勢をつくり、トレーサビリティを構築することで、安心して食べてもらえるのではないか。
そんなしくみをつくっていきたい。それはたぶん他の被災地や疲弊する中山間地再生への復興ともつながるのではないだろうか。
飯舘村に限らず、策定が進む汚染地の復興計画は「除染して帰還」が前提になっている。しかし、それは「計画」というより「希望」と言った方がいい。これまでこれほど広範囲に汚染された地域を除染した経験はどこにもない。チェルノブイリ周辺でも、除染はいたちごっことなり結局はあきらめた。これまで実施した除染モデル事業は全て小面積の限定的なもので、高濃度広範囲に汚染された地域に、しかも山林が7~8割という地域全体に応用できる技術かどうか、誰にもわかっていない。費用も期間も含めて、放射能の除染はすべてが未知の世界である。
国の除染基本方針では、2年後の目標値は年間被曝線量50%削減である。ところがそのうち8割は半減期分をみているのだ。結局国も除染について自信があるわけではないらしい。にもかかわらず2割分のために莫大な費用をかけるということになる。しかし、高汚染地区では、2年で半分になったとしてもとても戻れるものではない。
たとえば先行する飯舘村の復興計画では、除染期間は住環境2年、農地5年、山林20年を目標としている。村民の中にはこれを疑問視する声も強い。地域は4分の3が森林であるから、20年は放射能に囲まれて暮らすことになる。農地にも放射性セシウムが流れたり飛んだりしてくるだろう。実際、福島市や伊達市の米で高濃度のセシウムが検出されたのは、周辺の山林から流れ込んだ可能性が高い。すでにセシウムは環境中に入り込み、どのような動きをするか皆目見当もつかないのだ。もとより除染は、元のように暮らし仕事をするために行うはずだが、ひっそりと家の中で放射線を浴びないように暮らし、とれたものも食べられないような生活で、果たして「復興」と呼べるのだろうか。多くの避難住民は、そうした現実を理解しているように思われる。今の国の除染方針は「机上の空論」と批判する住民もいる。
11月26日夜に開催されたの飯舘村「除染説明会」のユーストリーム中継を見たが、あの説明で納得し安心した方は、会場にも中継を見た方にも一人もいなかったのではないかと思われる。そのくらい、村民の質問、疑問に国から出向の役人はまともに答えていなかった。はぐらかしているのではない。本当にわからないから答えられないのだ。
これまで、国は「除染して帰還は住民の要望」だから、国の責任においてその方針を打ち出したという流れになっているような気がする。だが11月26日説明会での飯舘村長の説明を聞くと、国が除染という方針を打ち出したからわれわれとしてはしっかりやってもらいたい、と話がすれ違っている。
どこかで、高濃度汚染地域において長期間帰れないことを口にすることが政治家や官僚にとってタブーになったのではないかという気がする。あるテレビ番組のインタビューで、警戒区域から避難している住民の方が「誰も悪者になりたくないから帰れないと言わない」と批判していたが、実際にその程度のことなのかもしれないのだが……。
われわれの調査(日本大学生物資源科学部糸長研究室―NPOエコロジーアーキスケープ共同実施ヒアリング)では、「帰りたい」という高齢者でも「子どもや孫は帰らせられない、帰ってこないのは仕方ない」と述べている。若い層、とくに子育て世代では帰還の意思は少ない。除染にも期待する声もほとんど聞かれない。もちろん誰もが「帰りたい」と願っているが、「帰りたいけれど帰れない」のが実態である。
村民には「若い人がいなくなって村と言えるのか」、「高齢者しか住まないのでは20年、30年たてば村はなくなってしまう」という声もある。村民はきちんと現実を冷静に見て判断している。26日の説明会中継を見て、ますますその思いを強くした。多くの村民の率直な思いを直接ぶつけられても、まだ「除染して帰還は住民の要望」だと、国は言い続けられるのか。
放射性物質はなくならない。ただ放射能は半減期に従って減る。2年では半分にしかならないが、セシウム137の半減期である30年を経過すれば、ほぼ同量放出されたセシウム134の放射能は消滅しているので、そのまま置いておいても放射能で4分の1になり線量率では6分の1程度になる。雨での流出、地中への沈降を考えれば、8分の1〜10分の1になると期待できる。もちろんこれもあくまで期待であるが、何もしなくても時間がたてば放射能は減るのである。
莫大な除染費用は、国民全体の負担になる。そのコストをかけた結果汚染は除去できず、ずるずると時間がたって、地域社会も消滅する可能性は決して小さくない。そこで得をするのは一体誰か。原子力関連団体が除染事業の差配を請け負い、その下にゼネコンが均等に連なる構造を見れば、ああこれは旧来の構造そのままだとわかる。公共事業が減ったゼネコンには千載一遇のチャンスでもあるし、幾多の業者がここを先途と福島に群がっている。
このまま黙っていると「壮大な愚行」を認めることにはなるまいか。今からでも遅くない、住民の声をしっかりと聞き、取り入れた復興計画を作る方向へシフトすべきだろう。とくに飯舘村民は事故直後に避難対象にもならず、計画的避難で3か月半も高線量の地域にとどまった。また避難が遅れた分、仮設住宅や借り上げ住宅は各地に分散し、コミュニティがバラバラになっている。その間に受けた被曝を考えれば、できるだけ線量の少ない地域に避難し、そこでコミュニティや文化を維持しつつ、生活と仕事の再建を目指すことが望まれる。その間に東電と国の責任で除染を進めるにしても、線量の低いところから行い、普通の生活に戻れるようになった場所から段階的に帰還する、中長期的な復興プランがあっていいはずだ。
ただ先の説明会での村長の思いには変化も感じた。これまで除染・帰還一辺倒だったのが、26日の説明会では「帰って来られない若い人たちのことも考えなければ」という言葉が聞かれた。
談論誘発では、中長期かけて帰還する現実的な避難・復興計画の必要性と、まとまった土地の手当てやそこでの生活・仕事再建のための支援を訴えた。ただ、土地や復興住宅には公的補償──見通しのない除染にかける費用を最小限にして──をあてるとしても、仕事の再建には必ずしも補助金は必要ない。避難している人たちの持っているさまざまな技術やノウハウを生かして、新しいコミュニティビジネスを作っていければいいと考えている。全国の皆さんに応援していただきたいのは、商品の購入、販売先や顧客の紹介、出資などの面である。食品であっても、しっかりとした検査態勢をつくり、トレーサビリティを構築することで、安心して食べてもらえるのではないか。
そんなしくみをつくっていきたい。それはたぶん他の被災地や疲弊する中山間地再生への復興ともつながるのではないだろうか。
311後のクルマの世界?
2年に一度開催される国内最大の自動車展示会・東京モーターショー(一般公開日2011年12月2日〜11日)。例年は千葉・幕張メッセでの開催だが、2011年は東京ビッグサイトでの開催となった。集客を考えてとのことだが、実際には出展者が減り、ビッグサイトでも対応できるようになったということなのかもしれない。ただリーマンショックを引きずっていた前回2009年より、ヨーロッパ系メーカーの出展は増えた。
少子高齢化に加え、若者のクルマ離れが進み、縮小する日本の自動車市場。石油価格上昇や地球温暖化問題も追い打ちをかける。そこを乗り越えるコンセプトがどこかのメーカーからか出てくるかと期待しているのだが、もともとがクルマ好きの集団である既存の自動車業界にそれを求めるのはなかなか難しいのかもしれない。
トヨタがRe Bornをコンセプトに掲げ、大人になったドラえもんとのび太の世界をCMで描いて話題になっている。しかし、人気のキャラクターを使って若者をクルマに惹きつけようと考えるより、車に興味のない若者にコンセプトづくりをまかせてみたらどうだろう。新しい乗り物について、もっと突き抜けた発想が出てくるのではないかという気がする。
会場を回って、2000年代前半にあれほどもてはやされた燃料電池車(FCV)が目立たないことに気づいた。燃料の水素の原料や積載の問題、実質的な燃費など、現実的に考えると、FCVには課題が多く、決して“究極のエコカー”とは言えない。現実的な選択としては、ハイブリッド車(HV)とその先にあるプラグインハイブリッド(PHV)だろう。
ハイブリッド車は各社が出展し普通の車になってきたけれど、まだ先行2社(とくにトヨタ)と他社の間には差が大きい。これは内燃機関車(ICEV)の燃費を向上する技術と考えればよいが、小型量産車に搭載している限り燃費は40km/㍑くらいが上限だろう。
これに対して、充電もできるプラグインハイブリッド車(PHV)が来年1月末にいよいよ上市される。トヨタのプラグインプリウスだ。近距離走行ではバッテリーEVとして、中長距離ではガソリンを燃料にHVとして走るツインモード。燃費は充電分と合わせて61km/㍑という。現行の車の延長としてはこれが当面の解だろう。
だがPHVはエンジン、ガスタンク、モーター、バッテリーとたくさんの装備を積載するので、重量もサイズも大きくなる。クルマの空気抵抗は速度の3乗に、接地摩擦抵抗は重量に比例する。当然その分効率は悪くなるわけだ。PHVは実はこうした矛盾も抱えている。
電気自動車(EV)はエンジンとガソリンタンクを積まない分、コンパクトにできる。しかし、航続距離を伸ばそうと思えばバッテリーをたくさん積まなければならない。そうすると重量が増え、車体も大きくなり燃費が悪くなる。EVに限らないが、遅く軽いほど燃費はいい。だがとくにEVではどのような使い方をするのか、シーンを考えた提案が必要だ。
以前からあったコンセプトではあるが、三菱、日産、ダイハツが展示していたのが前後2人乗りのタウンコミューターEV。しかし日本ではこのタイプの乗り物は車検を通らず、公道を走れない。フランスには免許の要らない「クワドリシクル」というジャンルがある。軽自動車と自転車の中間の位置づけ。これはEVに向いている。日本でも規制緩和が必要だろう。ダイハツ自動車のコンセプトモデル「Pico」の前で解説員を務めていた、同社の北川尚人取締役は「こうした規格の乗り物が日本で走れるようにしたい」と言う。都市部では買い物や送迎など1回数km、1日合計でも20〜30kmという利用である。今この分野は軽自動車。規制緩和されれば、EVクワドリシクルがそこに取って代わる可能性は高い。
ところで、「311後のクルマ」という提案は、残念ながら見あたりませんでした。
トヨタのプラグインプリウス
日産New Mobilityコンセプト
ダイハツPicoコンセプト
少子高齢化に加え、若者のクルマ離れが進み、縮小する日本の自動車市場。石油価格上昇や地球温暖化問題も追い打ちをかける。そこを乗り越えるコンセプトがどこかのメーカーからか出てくるかと期待しているのだが、もともとがクルマ好きの集団である既存の自動車業界にそれを求めるのはなかなか難しいのかもしれない。
トヨタがRe Bornをコンセプトに掲げ、大人になったドラえもんとのび太の世界をCMで描いて話題になっている。しかし、人気のキャラクターを使って若者をクルマに惹きつけようと考えるより、車に興味のない若者にコンセプトづくりをまかせてみたらどうだろう。新しい乗り物について、もっと突き抜けた発想が出てくるのではないかという気がする。
会場を回って、2000年代前半にあれほどもてはやされた燃料電池車(FCV)が目立たないことに気づいた。燃料の水素の原料や積載の問題、実質的な燃費など、現実的に考えると、FCVには課題が多く、決して“究極のエコカー”とは言えない。現実的な選択としては、ハイブリッド車(HV)とその先にあるプラグインハイブリッド(PHV)だろう。
ハイブリッド車は各社が出展し普通の車になってきたけれど、まだ先行2社(とくにトヨタ)と他社の間には差が大きい。これは内燃機関車(ICEV)の燃費を向上する技術と考えればよいが、小型量産車に搭載している限り燃費は40km/㍑くらいが上限だろう。
これに対して、充電もできるプラグインハイブリッド車(PHV)が来年1月末にいよいよ上市される。トヨタのプラグインプリウスだ。近距離走行ではバッテリーEVとして、中長距離ではガソリンを燃料にHVとして走るツインモード。燃費は充電分と合わせて61km/㍑という。現行の車の延長としてはこれが当面の解だろう。
だがPHVはエンジン、ガスタンク、モーター、バッテリーとたくさんの装備を積載するので、重量もサイズも大きくなる。クルマの空気抵抗は速度の3乗に、接地摩擦抵抗は重量に比例する。当然その分効率は悪くなるわけだ。PHVは実はこうした矛盾も抱えている。
電気自動車(EV)はエンジンとガソリンタンクを積まない分、コンパクトにできる。しかし、航続距離を伸ばそうと思えばバッテリーをたくさん積まなければならない。そうすると重量が増え、車体も大きくなり燃費が悪くなる。EVに限らないが、遅く軽いほど燃費はいい。だがとくにEVではどのような使い方をするのか、シーンを考えた提案が必要だ。
以前からあったコンセプトではあるが、三菱、日産、ダイハツが展示していたのが前後2人乗りのタウンコミューターEV。しかし日本ではこのタイプの乗り物は車検を通らず、公道を走れない。フランスには免許の要らない「クワドリシクル」というジャンルがある。軽自動車と自転車の中間の位置づけ。これはEVに向いている。日本でも規制緩和が必要だろう。ダイハツ自動車のコンセプトモデル「Pico」の前で解説員を務めていた、同社の北川尚人取締役は「こうした規格の乗り物が日本で走れるようにしたい」と言う。都市部では買い物や送迎など1回数km、1日合計でも20〜30kmという利用である。今この分野は軽自動車。規制緩和されれば、EVクワドリシクルがそこに取って代わる可能性は高い。
ところで、「311後のクルマ」という提案は、残念ながら見あたりませんでした。



セミが鳴かないのは……
東京ではいまのところセミがあまり鳴かない。自宅周辺でもニイニイゼミをときどき聞くくらい。いつもだともうアブラゼミが庭の木に来てやかましく鳴くのだが。ミンミンゼミの初聞きは25日で、アブラゼミは今日30日。アブラゼミのぬけがらは1週間前に確認している(写真下)し、鳴き始めとしてはいつもより1週間から10日程度の遅れなのだが、数が少ない。

こういう事態に「放射能の影響ではないか」とネット上で話題になっているようだ。しかし、今週調査に入った飯舘村では、エゾゼミ、ヒグラシ、ニイニイゼミが盛んに鳴いていた。そもそも幼虫は地面の中にいるので、地表にとどまっている放射性物質の影響は受けにくいはず。羽化の時に少量の放射線の影響を集中して受けるとも考えにくい。セミが少ないのは何か別の原因だろう。専門家は地中の積算温度が羽化に影響を与えると言っている。春先に地温が低かったことで羽化が遅れているのだろうという話だ。
ところが数が少ないのはこれだけが理由ではなさそうだ。で、過去に遡ってみた。セミの幼虫は種類や条件にとって異なるが4〜5年地中で過ごすといわれている。今年のセミの親の多くが成虫になったと思われる5年前の2006年は梅雨明けが遅く、関東では7月30日、翌年2007年は8月1日までずれ込んでいる。このことは産卵数に影響していないだろうか? あるいはこの年に天敵が多かったとか? これから増えるかもしれないし、鳴き始めの遅い年は秋まで鳴いていることもある。まあ結論はもう少し待ってみよう。

こういう事態に「放射能の影響ではないか」とネット上で話題になっているようだ。しかし、今週調査に入った飯舘村では、エゾゼミ、ヒグラシ、ニイニイゼミが盛んに鳴いていた。そもそも幼虫は地面の中にいるので、地表にとどまっている放射性物質の影響は受けにくいはず。羽化の時に少量の放射線の影響を集中して受けるとも考えにくい。セミが少ないのは何か別の原因だろう。専門家は地中の積算温度が羽化に影響を与えると言っている。春先に地温が低かったことで羽化が遅れているのだろうという話だ。
ところが数が少ないのはこれだけが理由ではなさそうだ。で、過去に遡ってみた。セミの幼虫は種類や条件にとって異なるが4〜5年地中で過ごすといわれている。今年のセミの親の多くが成虫になったと思われる5年前の2006年は梅雨明けが遅く、関東では7月30日、翌年2007年は8月1日までずれ込んでいる。このことは産卵数に影響していないだろうか? あるいはこの年に天敵が多かったとか? これから増えるかもしれないし、鳴き始めの遅い年は秋まで鳴いていることもある。まあ結論はもう少し待ってみよう。
もう少し先送りできたかもしれないこと
世の中には、今すぐに決めなくても、まだ先送りできるって思うことが、よくある。そうこうしているうちに何となく解決したような気になるんだけれど、決して解決していなくて、日に日に深刻になっている問題。財政赤字とか、年金とか。何十年も前から改革しないといつか破綻するっていわれてきたのに、いまだに問題は先送りされ続けている。これとちょうど似たような問題が核廃棄物。使用済み核燃料は最終処分場が決まっていない。地層処分することはほぼ決定しているけれど、正式に調査できた場所はまだない(ひそかに調査した場所はあるけれど)。そもそもオンカロ(フィンランドの地層処分場)のように安定した地層は日本にはなく、何万年、何十万年と安全に保管できるのかも不明。それなのに、そんなムズカシイ問題は先送りしたまま、アブナイ核廃棄物は溜まり続けている。
しかし東電福島第一原発事故で発生した“放射能がれき”の処分問題で、図らずも放射性廃棄物の処分問題は先送りできない状況に至ってきた。6月9日に、環境省の南川事務次官はがれきや焼却灰の最終処分場を福島県内に建設する案を佐藤知事に打診したが、これを知事は拒否した。
福島県にしてみれば、自分たちの使った電気を起こしたわけでもない原発のがれきを、なぜ引き受けなければならないのかということだろう。いまはがれきの話だが、当然原子炉建屋、容器、そしてメルトダウンした使用済み燃料も、「きれいさっぱりどこかへ持っていってくれ」という話になる。もともと事故がなければ、どこかの最終処分場に持っていくはずだったものだ(原発立地自治体はみなそう思っている)。いや、放射能に汚染された住民はまき散らした放射能も全て回収して、元に戻してくれと言いたいに違いない。除去した校庭の汚染土も、下水汚泥も処分先が決まらず放置されている。汚染土除去のプロジェクトも、結局ここで行き詰まっている。これらは当然東電が引き取ることが筋だが、引き取ったとしても、安放射性物質が消えてなくなるわけではない。安全な場所に埋めるなりして、その後も管理し続けなければならない。福島が拒否したからといって、県外に受け入れ先が出てくるとはとうてい思えない。結局二進も三進もいかなくなり、最後は「金で解決」という話になるのではなかろうか。
一か所で処理できなければ薄めて拡散させるという手がある。そんなことを考えたかどうか知らないが、文科省も農水省も環境省も、かなり高めの基準を作って、埋立や再利用が可能だという方向に動き始めた。「だってどうしようもないでしょ。このまま立ち往生して二進も三進もいかなくなるよ」というのが彼らの思いだろうね。
そもそも放射能に汚染されたがれきや汚泥をどのように処分するのか、事故から3か月以上もたつのに方針が決まっていないのは、原発は事故など起こさないという虚構に原因がある。下水汚泥や焼却灰はまだしも、高濃度の放射能がれきは薄めて捨てるわけにもいくまい。今後建屋や原子炉、高濃度汚染水処理で出た超高濃度放射性汚泥、メルトダウンした燃料そのものも議論になる。「工程表」には書かれていないが、けっして先送りできない問題だけに「トイレのない家」論がここ一年以内に一気にクローズアップされる。
他にも遠からず物理的に原発を止めざるを得なくなる理由。
1)福1での被曝で原発作業員が不足し、他の原発での点検作業ができなくなる。
2)六ヶ所再処理工場が稼働できず使用済み核燃料を保管する各原発の燃料プールが満杯になる。
いずれも、安全神話の陰に隠されてきた闇の世界があらわになっただけだ。さてもやっかいなものをつくってしまったものだ。この上、まだ電力の安定供給のために原発は必要不可欠ですというやつの精神構造が理解できない。
しかし東電福島第一原発事故で発生した“放射能がれき”の処分問題で、図らずも放射性廃棄物の処分問題は先送りできない状況に至ってきた。6月9日に、環境省の南川事務次官はがれきや焼却灰の最終処分場を福島県内に建設する案を佐藤知事に打診したが、これを知事は拒否した。
福島県にしてみれば、自分たちの使った電気を起こしたわけでもない原発のがれきを、なぜ引き受けなければならないのかということだろう。いまはがれきの話だが、当然原子炉建屋、容器、そしてメルトダウンした使用済み燃料も、「きれいさっぱりどこかへ持っていってくれ」という話になる。もともと事故がなければ、どこかの最終処分場に持っていくはずだったものだ(原発立地自治体はみなそう思っている)。いや、放射能に汚染された住民はまき散らした放射能も全て回収して、元に戻してくれと言いたいに違いない。除去した校庭の汚染土も、下水汚泥も処分先が決まらず放置されている。汚染土除去のプロジェクトも、結局ここで行き詰まっている。これらは当然東電が引き取ることが筋だが、引き取ったとしても、安放射性物質が消えてなくなるわけではない。安全な場所に埋めるなりして、その後も管理し続けなければならない。福島が拒否したからといって、県外に受け入れ先が出てくるとはとうてい思えない。結局二進も三進もいかなくなり、最後は「金で解決」という話になるのではなかろうか。
一か所で処理できなければ薄めて拡散させるという手がある。そんなことを考えたかどうか知らないが、文科省も農水省も環境省も、かなり高めの基準を作って、埋立や再利用が可能だという方向に動き始めた。「だってどうしようもないでしょ。このまま立ち往生して二進も三進もいかなくなるよ」というのが彼らの思いだろうね。
そもそも放射能に汚染されたがれきや汚泥をどのように処分するのか、事故から3か月以上もたつのに方針が決まっていないのは、原発は事故など起こさないという虚構に原因がある。下水汚泥や焼却灰はまだしも、高濃度の放射能がれきは薄めて捨てるわけにもいくまい。今後建屋や原子炉、高濃度汚染水処理で出た超高濃度放射性汚泥、メルトダウンした燃料そのものも議論になる。「工程表」には書かれていないが、けっして先送りできない問題だけに「トイレのない家」論がここ一年以内に一気にクローズアップされる。
他にも遠からず物理的に原発を止めざるを得なくなる理由。
1)福1での被曝で原発作業員が不足し、他の原発での点検作業ができなくなる。
2)六ヶ所再処理工場が稼働できず使用済み核燃料を保管する各原発の燃料プールが満杯になる。
いずれも、安全神話の陰に隠されてきた闇の世界があらわになっただけだ。さてもやっかいなものをつくってしまったものだ。この上、まだ電力の安定供給のために原発は必要不可欠ですというやつの精神構造が理解できない。
地熱発電(温泉発電)はどこまで使えるのか
最近、「地熱発電が有望だそうですね」と聞かれることがしばしばある。日本は火山国で温泉も多く、確かに地熱資源は豊富である。ここへ来て「脱原発の切り札」の一つとして注目されているのだが、これまで導入はあまり進んでいない。逆に言えばそれだけ開発の余地があるということなのだろうか。
地熱発電には大きく分けて2つあって、一つは数kmまで陥穽を掘り、大深度の高温地下熱を利用する高温岩体発電や深層熱水発電。すでに海外ではいくつか実用化されているが、これはここでは詳しくは触れない。
もう一つは、地表近くにある温水(温泉)を利用するもの。地熱発電は高温熱源を使って水を沸騰させ、タービンを回して発電するが、この場合150℃以上の温度が必要であり、そこまで高温の温泉源はそう多くはない。そこで水よりも沸点の低い物質=アンモニアやペンタンなど=を熱媒体に使い、タービンを回す「バイナリー発電」が開発された。これだと100℃以下でも発電が可能だ。しかし効率はあまり良くない。発電効率の上限は高温熱源と低温熱源の差によって決まる。すなわち、
1−T2/T1(T1は高温熱源の温度、T2は低温熱源の温度、いずれも絶対温度)
80℃の温泉があり、これで熱媒体を気化させタービンを回す。液化させるために20℃まで冷やすとしよう。すると理論上の最大発電効率は、
1−293/353=0.17
つまり17%にしかならない。実際には循環ポンプなど系のさまざまな損失があるのでもっと低くなる。貴重な温泉資源をこんなに低い効率で電気に変えてしまうのはいかにももったいない。つまり温泉利用と競合するわけで、それがこの方式の普及していない理由の一つだ。ただ実際80℃の泉源があれば入浴に使うには50℃程度まで冷やす必要がある。それを有効利用するという考えもある。それで発電した場合の最大効率は0.085とさらにぐっと下がるが、ただ冷やすのではなく捨てている熱を電気に変えるということになる。
しかし発電効率が低ければ当然発電単価が上がる。国会上程中の再生可能エネルギー法では、固定買取価格は風力発電も小水力発電も地熱発電も、みな一緒くたの15-20円/kWhで買取期間は15-20年程度、これではおそらくビジネス的に成立しないだろう。また70℃以上の熱源でなければ設備(循環ポンプなど)が消費する電力をまかなえない、つまり出力がマイナスになってしまうとされているため、バイナリー発電に適した資源も限られる。
バイナリー方式の発電設備は、日本では八丁原発電所(大分県九重町)、杉乃井ホテル(大分県別府市)、霧島国際ホテル(鹿児島県霧島市)などに導入されているそうだ。
もっとも80℃程度の熱源というと何も温泉にだけあるのではない。工場でもそのくらいの温度の廃熱はあちこちで出ていそうだ。バイナリー発電の資源としてはそちらも考えられる。発電方式もバイナリーでなく小型スターリングエンジンを使用したものなどが開発されればもう少し普及が進むのではと思う。ただし廃熱を吸収式や吸着式の冷温水機の熱源に使った冷暖房も可能で、総合的に効率を見て活用することが重要と考える。何が何でも電気にしなければならないわけではない。
地熱発電には大きく分けて2つあって、一つは数kmまで陥穽を掘り、大深度の高温地下熱を利用する高温岩体発電や深層熱水発電。すでに海外ではいくつか実用化されているが、これはここでは詳しくは触れない。
もう一つは、地表近くにある温水(温泉)を利用するもの。地熱発電は高温熱源を使って水を沸騰させ、タービンを回して発電するが、この場合150℃以上の温度が必要であり、そこまで高温の温泉源はそう多くはない。そこで水よりも沸点の低い物質=アンモニアやペンタンなど=を熱媒体に使い、タービンを回す「バイナリー発電」が開発された。これだと100℃以下でも発電が可能だ。しかし効率はあまり良くない。発電効率の上限は高温熱源と低温熱源の差によって決まる。すなわち、
1−T2/T1(T1は高温熱源の温度、T2は低温熱源の温度、いずれも絶対温度)
80℃の温泉があり、これで熱媒体を気化させタービンを回す。液化させるために20℃まで冷やすとしよう。すると理論上の最大発電効率は、
1−293/353=0.17
つまり17%にしかならない。実際には循環ポンプなど系のさまざまな損失があるのでもっと低くなる。貴重な温泉資源をこんなに低い効率で電気に変えてしまうのはいかにももったいない。つまり温泉利用と競合するわけで、それがこの方式の普及していない理由の一つだ。ただ実際80℃の泉源があれば入浴に使うには50℃程度まで冷やす必要がある。それを有効利用するという考えもある。それで発電した場合の最大効率は0.085とさらにぐっと下がるが、ただ冷やすのではなく捨てている熱を電気に変えるということになる。
しかし発電効率が低ければ当然発電単価が上がる。国会上程中の再生可能エネルギー法では、固定買取価格は風力発電も小水力発電も地熱発電も、みな一緒くたの15-20円/kWhで買取期間は15-20年程度、これではおそらくビジネス的に成立しないだろう。また70℃以上の熱源でなければ設備(循環ポンプなど)が消費する電力をまかなえない、つまり出力がマイナスになってしまうとされているため、バイナリー発電に適した資源も限られる。
バイナリー方式の発電設備は、日本では八丁原発電所(大分県九重町)、杉乃井ホテル(大分県別府市)、霧島国際ホテル(鹿児島県霧島市)などに導入されているそうだ。
もっとも80℃程度の熱源というと何も温泉にだけあるのではない。工場でもそのくらいの温度の廃熱はあちこちで出ていそうだ。バイナリー発電の資源としてはそちらも考えられる。発電方式もバイナリーでなく小型スターリングエンジンを使用したものなどが開発されればもう少し普及が進むのではと思う。ただし廃熱を吸収式や吸着式の冷温水機の熱源に使った冷暖房も可能で、総合的に効率を見て活用することが重要と考える。何が何でも電気にしなければならないわけではない。
R399を飯舘から浪江に
先週は23日夜、日大の糸長教授、兵庫県立医大の振津かつみ医師らと飯舘村で負げねど飯舘の皆さんと打ち合わせ。24日は山形県小国町に行く予定だったが豪雨で中止になってしまったため、放射線量調査に加わることにした。
3月29日に今中チームで行った調査の計測コースをGPSでたどり、同じ場所の空間線量率を、同じ線量率計(アロカPDR101)で計測して記録していく。もちろん、その後の放出のことを考えても、少なくともヨウ素131はほぼ消えているので、3月の数値に比べればかなり下がっているのだが、それでも低いところで毎時2マイクロシーベルト前後、汚染のひどかった南部ではまだ毎時10マイクロシーベルトを超えるところが出てくる。3月に毎時30マイクロシーベルト超だった長泥曲田の牧草地は、今回約毎時16マイクロシーベルトであった。
その後、国道399号線を長泥交差点から浪江町津島地区へ向かって南下した。文科省などの汚染マップで、浪江町赤宇木から下津島にかけてが原発近傍を除いて最も汚染がひどい。この地区から飯舘にかけての汚染の濃淡が知りたかったのだが、町村境の山に差しかかるあたりからどんどんサーベイメーターの数値が上がり始めた。車内(車外の7~8割に減衰)でも毎時10マイクロシーベルトを超え、浪江に入ってすぐの林内でとうとう16マイクロシーベルトに達した。車外に出て計るとPDR101は19.99を表示、このサーベイメーターではこれが計測限界だ。一瞬、3月にタイムスリップしたかのような感覚に陥った。
糸長教授が持ってきたGM計測器で計ると、草地の上で毎時50マイクロシーベルトという値を表示した。今回の汚染ではこのGM計測器がシンチレーション計測器の1.4倍程度高く出るとされているので、その分を補正しても毎時30マイクロシーベルトを軽く超えていそうだ。3月15~16日にあったフォールアウト(降下)からすでに100日経過しており、先述のようにヨウ素131などの短寿命の放射性物質はほぼ消えているのだ。ピーク時には毎時数百マイクロシーベルトあったのではなかろうか。
しかし峠を越えて下っていくと線量率計の値は下がりだし、毎時10マイクロシーベルトを下回るようになった(それでも恐ろしく高いが)。こうしてみるとあの峠のあたりは「ホットスポット中のホットスポット」と言えるのかもしれない。20km圏内は立ち入り禁止であるが、計画的避難区域は一般の車両も入ることができる。今回も(警視庁の)パトロールカーに何度か遭遇したが、停止させられることもなく通行できた。しかし、細かく見ていくと恐ろしいほど汚染された場所が20km圏外にもある。文科省や防衛省などが原発周辺地域の線量率を毎日移動計測しており、今回のポイントはその計測ルートにあたるので、少なくとも彼らは認識しているだろう。それ以外に山林など、これまで計測できていない場所にもそうしたスーパーホットスポットがあるにちがいない。
下津島はあのダッシュ村があった場所である。飯舘村からいわきにかけて阿武隈山地を縦断する国道399号は、のどかな山里の風景をつないでいく、大好きな道だった。それがいまや「放射能街道」になってしまったのだ。沿道では雑草が勢いを増して田畑やひとけのない民家を覆いはじめていた。ここで暮らしを営んできた人たちのことを思うと悔しいという一言ではとても言い表せない(写真は飯舘村長泥地区。田畑や家々を覆い隠す夏草)。
3月29日に今中チームで行った調査の計測コースをGPSでたどり、同じ場所の空間線量率を、同じ線量率計(アロカPDR101)で計測して記録していく。もちろん、その後の放出のことを考えても、少なくともヨウ素131はほぼ消えているので、3月の数値に比べればかなり下がっているのだが、それでも低いところで毎時2マイクロシーベルト前後、汚染のひどかった南部ではまだ毎時10マイクロシーベルトを超えるところが出てくる。3月に毎時30マイクロシーベルト超だった長泥曲田の牧草地は、今回約毎時16マイクロシーベルトであった。
その後、国道399号線を長泥交差点から浪江町津島地区へ向かって南下した。文科省などの汚染マップで、浪江町赤宇木から下津島にかけてが原発近傍を除いて最も汚染がひどい。この地区から飯舘にかけての汚染の濃淡が知りたかったのだが、町村境の山に差しかかるあたりからどんどんサーベイメーターの数値が上がり始めた。車内(車外の7~8割に減衰)でも毎時10マイクロシーベルトを超え、浪江に入ってすぐの林内でとうとう16マイクロシーベルトに達した。車外に出て計るとPDR101は19.99を表示、このサーベイメーターではこれが計測限界だ。一瞬、3月にタイムスリップしたかのような感覚に陥った。
糸長教授が持ってきたGM計測器で計ると、草地の上で毎時50マイクロシーベルトという値を表示した。今回の汚染ではこのGM計測器がシンチレーション計測器の1.4倍程度高く出るとされているので、その分を補正しても毎時30マイクロシーベルトを軽く超えていそうだ。3月15~16日にあったフォールアウト(降下)からすでに100日経過しており、先述のようにヨウ素131などの短寿命の放射性物質はほぼ消えているのだ。ピーク時には毎時数百マイクロシーベルトあったのではなかろうか。
しかし峠を越えて下っていくと線量率計の値は下がりだし、毎時10マイクロシーベルトを下回るようになった(それでも恐ろしく高いが)。こうしてみるとあの峠のあたりは「ホットスポット中のホットスポット」と言えるのかもしれない。20km圏内は立ち入り禁止であるが、計画的避難区域は一般の車両も入ることができる。今回も(警視庁の)パトロールカーに何度か遭遇したが、停止させられることもなく通行できた。しかし、細かく見ていくと恐ろしいほど汚染された場所が20km圏外にもある。文科省や防衛省などが原発周辺地域の線量率を毎日移動計測しており、今回のポイントはその計測ルートにあたるので、少なくとも彼らは認識しているだろう。それ以外に山林など、これまで計測できていない場所にもそうしたスーパーホットスポットがあるにちがいない。
下津島はあのダッシュ村があった場所である。飯舘村からいわきにかけて阿武隈山地を縦断する国道399号は、のどかな山里の風景をつないでいく、大好きな道だった。それがいまや「放射能街道」になってしまったのだ。沿道では雑草が勢いを増して田畑やひとけのない民家を覆いはじめていた。ここで暮らしを営んできた人たちのことを思うと悔しいという一言ではとても言い表せない(写真は飯舘村長泥地区。田畑や家々を覆い隠す夏草)。

遅い春から夏へ─飯舘村の自然
いつも飯舘村に行く時は散策したり自然観察したりする余裕もない。いつかゆっくりと動植物を見てみたいものだと思いながら、こんなことになってしまい、別の意味でしっかりと自然を見ておかなければいけないと考えるようになった。

前回と今回の訪問では、小宮地区にある「いいたてふぁーむ」に泊めていただいた。ここはより福島第一原発に近く、まだ空間線量が高い。標高は500mくらいで、生き物の世界は春と初夏がいっぺんに訪れているという感じである。ウグイスとホトトギスの鳴き声で目覚め、外に出るとひらひらと飛んでいたのはウスバシロチョウだった(写真上)。東京郊外の山地ではゴールデンウィークのころに見られるので、ちょうど一月遅い。今年は見逃していたウスバシロチョウがここで見られるとは思わなかった。庭にはハナショウブとサクラソウが並んで咲き、梅の実はまだ小さかった。
いつもの年なら、山あいの田んぼには水があふれ、少し心細げな早苗が風に揺れている時期だろう。しかし、今年は田植えができず、荒起こしのまま雑草が生えだしている。畦畔の斜面に取り付いて草を刈る人を何人か見かけた。たとえ放射能があっても、草を生やしたままにはしておけないのが農家の心情だ。
いいたてふぁーむのIさんは「生き物のために」と休作する田んぼに水を張った。あぜではシュレーゲルアオガエルがコロコロコロ・・・と鳴き交わしていた。このカエルは田んぼに水が入るとやってきて、水際の土の中に泡に包まれた卵を産む。穴の中にいるので声はすれども姿は見えない。オタマジャクシは孵ると水の中に落ち、育つ。そろそろモリアオガエルも産卵に来るという。
林にはヤマボウシの白い花が目立つ。遅い春から一足飛びに山滴る夏へと、季節はめぐっていく。しかし人の営みがそこから消えている。ひっそりとした村を走るパトロールカーには「三重県警」の文字があった。

前回と今回の訪問では、小宮地区にある「いいたてふぁーむ」に泊めていただいた。ここはより福島第一原発に近く、まだ空間線量が高い。標高は500mくらいで、生き物の世界は春と初夏がいっぺんに訪れているという感じである。ウグイスとホトトギスの鳴き声で目覚め、外に出るとひらひらと飛んでいたのはウスバシロチョウだった(写真上)。東京郊外の山地ではゴールデンウィークのころに見られるので、ちょうど一月遅い。今年は見逃していたウスバシロチョウがここで見られるとは思わなかった。庭にはハナショウブとサクラソウが並んで咲き、梅の実はまだ小さかった。
いつもの年なら、山あいの田んぼには水があふれ、少し心細げな早苗が風に揺れている時期だろう。しかし、今年は田植えができず、荒起こしのまま雑草が生えだしている。畦畔の斜面に取り付いて草を刈る人を何人か見かけた。たとえ放射能があっても、草を生やしたままにはしておけないのが農家の心情だ。
いいたてふぁーむのIさんは「生き物のために」と休作する田んぼに水を張った。あぜではシュレーゲルアオガエルがコロコロコロ・・・と鳴き交わしていた。このカエルは田んぼに水が入るとやってきて、水際の土の中に泡に包まれた卵を産む。穴の中にいるので声はすれども姿は見えない。オタマジャクシは孵ると水の中に落ち、育つ。そろそろモリアオガエルも産卵に来るという。
林にはヤマボウシの白い花が目立つ。遅い春から一足飛びに山滴る夏へと、季節はめぐっていく。しかし人の営みがそこから消えている。ひっそりとした村を走るパトロールカーには「三重県警」の文字があった。
飯舘村再訪と今中先生の講演会
6月4日、5日の両日、福島県飯舘村に一月振りに行ってきました。京大原子炉実験所の今中哲二助教、広島大学の遠藤暁准教授と一緒です。お二人は3月末の調査依頼の再訪です。
今回は放射能汚染調査についての論文が岩波の『科学』6月号に掲載されたので、協力いただいた村にその報告をすることと、村民の皆さんに今中先生から調査結果、さらに今回の事故とチェルノブイリとの比較、放射線の影響などについてのお話をしていただくこと、それとフォローの調査が目的です。
すでに計画的避難が進んでいて、8割は避難済みまたは避難先が決定済みとのことで、村内に残っている方が少なく、陽だまりの家での集会の参加者はあまり多くありませんでしたが、参加された方には有意義なお話が聞けたと思います。あらてめて内容についてはこのブログまたは「負げねど飯舘」サイトの方で紹介できるとおもいますが、取り急ぎ印象に残ったお話だけ箇条書きにしておきます。
1)チェルノブイリの時は水蒸気爆発で核燃料そのものが吹き飛んだ。そのため放出された核種の種類が多い。今回の福島では、揮発性の物質が中心で核種の種類はあまり多くない。プルトニウムも出てはいるが、それほど遠くまでは飛んでいないし量も微量。
2)チェルノブイリは内陸だったが福島は東半分が海。陸上に降った放射能の量はチェルノブイリに比べて少ないが、海の方にどう流れていったかはわからない。
3)放射性セシウムの137(半減期30年)と134(半減期2年)の比率が、チェルノブイリでは2:1で137が多かったが、今回はほぼ1:1。
4)ほぼ3か月たってヨウ素131はほとんど放射能がなくなっているので、今後問題になってくるのはセシウム。空間線量はチェルノブイリよりは早く減るだろう。
5)今後住宅一軒一軒を含めて全体の細かい汚染レベルを把握すべき。
6)健康リスクについてはよくわからない部分はなるべく危ない方に考えておくのがリスクマネジメントの考え方。とくに行政はそういう対応が必要。
「きちんと調査をしなければそれはなかったことと同じになってしまう」という言葉に、科学者としての責任感を感じました。
今回は放射能汚染調査についての論文が岩波の『科学』6月号に掲載されたので、協力いただいた村にその報告をすることと、村民の皆さんに今中先生から調査結果、さらに今回の事故とチェルノブイリとの比較、放射線の影響などについてのお話をしていただくこと、それとフォローの調査が目的です。
すでに計画的避難が進んでいて、8割は避難済みまたは避難先が決定済みとのことで、村内に残っている方が少なく、陽だまりの家での集会の参加者はあまり多くありませんでしたが、参加された方には有意義なお話が聞けたと思います。あらてめて内容についてはこのブログまたは「負げねど飯舘」サイトの方で紹介できるとおもいますが、取り急ぎ印象に残ったお話だけ箇条書きにしておきます。
1)チェルノブイリの時は水蒸気爆発で核燃料そのものが吹き飛んだ。そのため放出された核種の種類が多い。今回の福島では、揮発性の物質が中心で核種の種類はあまり多くない。プルトニウムも出てはいるが、それほど遠くまでは飛んでいないし量も微量。
2)チェルノブイリは内陸だったが福島は東半分が海。陸上に降った放射能の量はチェルノブイリに比べて少ないが、海の方にどう流れていったかはわからない。
3)放射性セシウムの137(半減期30年)と134(半減期2年)の比率が、チェルノブイリでは2:1で137が多かったが、今回はほぼ1:1。
4)ほぼ3か月たってヨウ素131はほとんど放射能がなくなっているので、今後問題になってくるのはセシウム。空間線量はチェルノブイリよりは早く減るだろう。
5)今後住宅一軒一軒を含めて全体の細かい汚染レベルを把握すべき。
6)健康リスクについてはよくわからない部分はなるべく危ない方に考えておくのがリスクマネジメントの考え方。とくに行政はそういう対応が必要。
「きちんと調査をしなければそれはなかったことと同じになってしまう」という言葉に、科学者としての責任感を感じました。
[MOVIE]10万年後の安全

では今から10万年後には、どのような人類がどのような文明を築き、どのような言葉を話しているのだろうか。
マイケル・マドセン監督の『10万年後の安全』(原題:Into Eternity)は使用済み核燃料の地層処分をテーマにしたドキュメンタリー映画だ。オープニングはフィンランドの凍てついた大地に掘削された地下トンネルへの入口を映し出す。ここでは地下400m以上、距離は数kmにも及ぶ広大な地下空間の掘削が進んでいる。オンカロとはフィンランド語で「隠し場所」という意味だという。ここに隠されるものとは原子力発電に使った後の使用済み核燃料である。その中には半減期が2万4100年というプルトニウム239や6560万年のプルトニウム240が大量に含まれている。
オンカロには、中間貯蔵施設で数十年間冷却されたあとの使用済み核燃料が埋められる。使用済み燃料には何重ものシールドが施され、放射能がなくなるのを待つ。アルファ線を放出するプルトニウム239の放射能は、10万年を経てようやく元の16分の1まで減ずる。オンカロ・プロジェクトの終了は100年後。その後はオンカロ自体がほぼ永久に封印されることになる。オンカロの建設が進んでいる場所は、18億年前からの安定した地層だという。
映画は、関係者や専門家へのインタビューと、オンカロ建設現場、建設現場で働く人々の姿を淡々と追いながら、未来の“人類”に語りかける形で進む。しかし、未来の人々に絶対に掘り起こされないという保証はない。マドセン監督は、一体どうやって彼らにこの場所が危険であるのかを知らせるか、そんなことが可能なのかを問う。10万年もの間変わらないコミュニケーションの方法はあるのか。危険を知らせるはずの石碑が逆に彼らに好奇心を抱かせてしまわないか。口伝のような方法が有効なのか。そもそも彼らはホモ・サピエンスであるのか。数万年あれば新しい種に入れ替わっていたとしてもおかしくない。
世界にはすでに25万トンもの使用済み燃料がある。その処分方法がはっきりと決まっているのはオンカロだけだ。日本でも最終処分は地層処分が想定されている。しかしその調査ですら、いまだ正式に実施できた場所はない。だいいち日本にはオンカロのような安定した地層はどこにもないのである。
たったいまあなたが使っている電気を起こすために、原子力発電所では処分のあてのない使用済み燃料が溜まり続けている。その量は日本だけで年間1,000トンにも及ぶ。
全国巡回上映中。
10万年後の安全公式サイト
http://www.uplink.co.jp/100000/
オンカロ・プロジェクトの英語ページ
http://www.posiva.fi/en/research_development/onkalo/
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グリーナーワールド 環境・エネルギー問題に関するニュースと提言
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