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改革の果実は強者に痛みは弱者に

 労働者派遣法はそもそも「中曽根改革」にさかのぼる。当時の中曽根首相も大衆的人気を背景に構造改革を進めた。その成果の一つが労働者派遣法(1986年施行)だった。それでも、当初は派遣業務は専門性の高い13業務に限られ、期間も9か月(ソフトウェア開発のみ1年)だった。それが次第に範囲が広げられて、1996年には26業務に拡大、1999年には港湾運送、建設、警備、医療、製造など6業務を除いて原則自由化された。派遣期間も専門26業種は3年、それ以外は1年となった。さらに小泉政権下の2003年(施行2004年)には、派遣期間1年以内であれば製造業も対象になり、派遣期間が専門26業種は無制限に、26業種以外については3年に延長された。

 こうした“痛みを伴う改革”の結果、大企業とくに製造業は人件費を絞ることが出来、空前の利益を上げる一方で、ワーキングプアなる言葉が生まれるほど、貧富の差は拡大した。事業家のモラル低下も著しい。その挙げ句、“未曾有の金融危機”で景気の先行きが細ると、真っ先に雇用の調整弁である派遣労働者や下請を切り捨てているのだ。トヨタ自動車が初の赤字かと大騒ぎしているが、同社がこれまでにため込んだ内部留保は莫大な額である。

 労働者派遣法はそもそも、労働コストの低下・雇用調整のしやすさのために経済界が求めたものだ。その要請に乗って、政府自民党はじわじわと労働市場の自由化を進めたわけである。その仕上げが小泉改革だったといってよい。今さら騒いでも遅い。当時小泉を熱狂的に支持した中に、今苦境に立たされている人たちも少なくないだろう。その張本人はすでに政界引退を決め、息子を後継者に指名してご隠居気分だ。

 小泉改革がもたらした社会は、言わば果実は強者が総取りをする、弱者は痛みばかりを押しつけられる社会である。敗者・弱者のやるせなさは、さらに弱者に向かう。理不尽な犯罪が増えているのも無関係ではあるまい。

 ここに至っても、政治家の中にそれに変わる日本の社会の形を示せる人間がいないのは不幸なことである。年末年始、日比谷公園で年を越した人たちの怒りから、社会が変わるきっかけは生まれるだろうか。
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by greenerworld | 2009-01-05 14:13 | 森羅万象  

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