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CO2マイナス80%の世界:過去編

 ラクイラサミットの首脳宣言により、先進国は40年後にCO2排出を8割削減していなくてはならない。では、40年前はどうだったのか。「エネルギー・経済統計要覧08年版」によれば、1970年のCO2排出量は1次エネルギー供給ベースで2億900万炭素換算トン。2006年の3億2130万トンの3分の2だ。すでに相当量のCO2を排出していたことになる。もちろん石炭の使用が多かったことは差し引かなければならないが、1965年までさかのぼっても1億700万トン。それ以前のデータがないのでわからないが、8割減というとおそらく1960年ごろまでさかのぼらなければならないのではないか。

 1960年というと高度成長期にさしかかったころ。ブログ子がかろうじて覚えているところでは、農村地帯にあったわが家ではまだ水屋(台所)は薪のかまどで、水道はなくて井戸水を汲んで使っていた。七輪もあった。風呂ももちろん薪で沸かし、暖房は火鉢と炭の掘りごたつ、豆炭の行火(調理にはその後プロパンガスが入ったが、風呂はもう少し後まで薪で湧かし、こたつや火鉢は多分72〜73年ごろまで使っていた)。

 照明は傘つきの白熱電球だったと思う。田舎ではテレビが入るのはもう少し後、家電製品といえばラジオがあったくらいで、冷蔵庫も洗濯機も扇風機も、もちろんない。ミシンはあったが足踏み式。自動車も家にはもちろんないし、たまに業務用の3輪トラックを見かけるくらいだった。その代わりオートバイはあったかもしれない。

 こうしてみると1960年当時、田舎の家でCO2を排出するものなんてほとんどなかった。都会へ行けば違っただろうが、この当時都市と地方の人口比率はまだ後者の方がずっと多かったはずだ。自動車も少ないし、このころは産業部門が排出の中心だったのだろう。1965年当時の排出の3分の2が産業部門からと推計されている。

 それにしても、その当時の生活を思うと、8割削減がいかに遠い道のりかを思い知らされる。現状の延長で減らそうとしてもまず不可能だろう。どこをどのように変えればいいのか。それよりも8割減の社会とはどういうものなのかを構想する必要があるのではないか。ありとあらゆるところで根本的な変革が必要である。そんなことを議論する場づくりの必要性を痛感する。
 
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by greenerworld | 2009-07-13 21:24 | 環境エネルギー政策  

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