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CO2マイナス80%の世界:人口編(その2)

 有史以前からの日本列島の人口推移(推計)を見ると、縄文早期に2万人ほどだったのが、縄文前期には10万人を超え、同中期には26万人になっている。縄文前期〜中期は気候最温暖期だった。海面は現在より5mほど高く、東京湾は狭い入り江状に古河・藤岡のあたりまで達していたと言われる。暖かい気候のもと、森の恵みと海の幸によって生活が支えられた。ところがその後は一転寒冷化し、人口も縄文後期には16万人ほどに減少してしまう。こうした困難の中、日本に伝わった水田稲作(技術革新)によって生産力が高まり、弥生時代には人口は60万人に増える。奈良時代には450万人、平安時代初めには550万人、平安時代末期には680万人と増加し、関ヶ原の戦いのあった1600年には1200万人に達していたと推測されている。さらに江戸時代に入って社会が安定したことで人口は急増し、18世紀初頭には3000万人を超えている。しかしその後は度重なる飢饉などもあり、人口は頭打ち、むしろ減少する。幕末にかけてようやく再び3000万人を超えるようになり、明治維新を迎える。明治元年には3400万人だったのが、その後日中戦争(1937年〜)のころには7000万人に達する(人口の数字は国立社会保障・人口問題研究所サイトからの引用)。

 さて、江戸時代は徳川の元で全国統一がなされ、さらに鎖国政策をとったことで、大きな資源の出入りはなく、ほぼ国内で自給自足を果たしていた。当時はエネルギーの利用もバイオマス(薪・炭・動植物油)と人力、畜力、水車ぐらいで、基本的には年々歳々の太陽エネルギーを基本にした社会であり経済だった。そのことが「江戸のリサイクル社会」として知られるような徹底した再利用・循環システムを作り上げたわけだ。

 その江戸時代の人口が、増減はあるが3000万人を前後するあたりだったとすると、科学技術文明以前の社会における、日本列島の人口キャパシティはだいたいこのくらいなのだろうか。

 現在は食料生産、エネルギー変換・利用、情報通信など当時では考えられないほど発達し、効率化されている。そうしたことを考えれば、日本列島でその倍以上の人口は養えるだろう。さらに現在の5分の1とはいえ、CO2排出(化石燃料の使用)も許されるのであれば、9500万人というのは持続可能な社会としてそこそこいい数字なのではないかと思うのだが、楽観的すぎるだろうか?

 ところで、過去の寒冷化の時代には人口減少も起きている。その点では「温暖化懐疑派」のロンボルグは間違っていない。温暖化は一概に悪いとも言えないのだ。
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by greenerworld | 2009-07-26 17:30 | 環境エネルギー政策  

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