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[Book]『口福無限』草野心平

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 講談社文芸文庫
 2009年12月
 1300円

 かのブリア=サヴァランの言葉「どのようなものを食べているか言ってみたまえ。君がどのような人間かあててみせよう」を持ち出すまでもなく、食にはその人となりが顕れる。開高健に池波正太郎、檀一雄など多くの“食通作家”がいたが、蛙の詩人・草野心平の食へのこだわりは、一味も二味も異なる。草野の食はきわめてシンプルであり、この本にも贅を凝らしたものはほとんど出てこない。庭に生えるスベリヒユのおひたし。バラやボタンの花びら、ホトトギスの花、クズの花を二杯酢で、あるいはそのまま食べる。ハギやキンモクセイの花をトーストに散らす。挙げ句はトロロアオイの根もすり下ろす。およそ庭やその周辺に生えるもので、草野の口に入らぬものはない。

 湘南の浜で漁師からもらったワカメの耳(メカブ)は干して持ち帰り、戻して刻んで二杯酢や味噌汁に(今でこそ店で売っているがそのころは捨てるものだった)、料理店から提供されたキスやアナゴの骨をから揚げに。近所の魚屋からはイカのはらわたをもらってきて酒と塩と味醂で漬ける。八百屋からはダイコンの葉っぱを譲り受けて一夜漬けにする。捨てられるはずのものも、草野には宝物に思えた。

 そうかと思うと、サワガニは生きたままばりばりと食ったり(ジストマがいるからすすめないと書いてあるが、おそらく当時の編集部があえて加えたのではないかと思う)、イワナ釣りの渓流で見つけたニッコウサンショウウオをそのまま一飲みしたり……。

 鮭は頭がいちばん好きだとか、エビは尻っぽがいちばんうまいと書いてある下りには思わず膝を打った。ブログ子もそう思っていたのです。草野自身も高村光雲の本にエビの天ぷらは尻っぽがうまいとあるのを読んで、「十人力を得たような気がした」と書いている。

 実は昨年、仕事で何度か福島県の川内村を訪ねた。現地で世話になった方に「そのうち時間があれば天山文庫をご案内しましょう」と言われて、ようやく川内村が草野心平のゆかりであったことを知った次第だ。草野は福島県上小川村(現・いわき市)に生まれたが、昭和28年、50歳の時に川内村にある長福寺住職の招きで、平伏沼に生息するモリアオガエルの産卵を見に行く。戦後中国から引き揚げ、詩集『定本 蛙』などを発表して詩壇に名が知られるようになるも、貧しい生活は続き、居酒屋「火の車」で生活の糧を得ていたころである。嵐山光三郎さんのエッセイで読んだことがある卵黄の味噌漬けはその「火の車」のメニューだったようだ。その後、草野は川内村の名誉村民となり、その記念として建てられたのが天山文庫。落成を記念した天山祭りは、村民や草野の知己らが参加しての言わばどんちゃん騒ぎ。いまも毎年7月16日には人々が集まり、歌い踊るという。

 『口福無限』は昭和50年〜55年ごろに雑誌・新聞などに寄せた随筆や対談、詩を輯めたもの。70代で、すでに胃潰瘍で胃の3分の2を切除していた。しかし、草野はこのころも酒正三合を適量として毎夜のようにたしなんでいたらしい。しばしば、三合が四合になり時には八合にまで度を超すこともあったと、書いている。こんな酒飲みが居酒屋の主人では、とても商売にはならなかったろう。天山文庫には、酒樽を再利用した書庫まである。

 本書に収められた短詩に草野の食への思いが籠もる。

 ゼイタクで。
 且つ。
 ケチ足るべし。
 そして。
 伝統。
 さうして。
 元来が。
 愛による。
 発明。

 なお、最後の開高健との対談が震撼モノ(笑)。天山文庫への訪問はいまだ果たしていないが、今年こそは──できればモリアオガエルの産卵時期に──訪れたいものだと思う。酒正三合たずさえて。
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by greenerworld | 2010-01-12 17:19 | レビュー  

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