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ナラ枯れの「感染爆発」その原因は…

 日本海側を中心に、ナラ枯れの被害が拡大している。ナラ枯れについては、以前にも書いたので詳しくはこちら(http://greenerw.exblog.jp/14725495/)を参照していただくとして、今年の被害の状況は、まさに猛威と言うべきだ。11月に訪れた京都・高雄でも、一山が紅葉ならぬ「褐葉」しているのを見た。

 ナラ枯れの発生は、1980年代に福井あたりの日本海側から始まったとされ、山陰から秋田、岐阜・愛知さらに長野・福島・宮城にも侵入した。今年は新たに静岡・群馬でも確認された。一種の「感染爆発」のような状態になっている。首都圏の一部(群馬県みなかみ町)にも侵入したことから、利根川流域を下って関東平野に達するのも時間の問題かもしれない。まだ発生が確認されていない山梨県では、以前から薪やシイタケのほだ木に神経をとがらせている。感染した原木が県内に持ち込まれるおそれがあるからだ。しかし、シイタケ原木や薪はいまやかなり広域に流通しており、感染地からの持ち出しを禁止しない限り、持ち込まれる側が水際で食い止めるのは不可能に近い。

 しかし、こうした移動経路があり得るということから考えさせられたのが、ナラ枯れはどこからどうやってきたのか、という点である。

 ナラ枯れの被害状況、カシナガの生態などナラ枯れ全般については、森林総研関西支所の以下の報告書にまとまっている。

 http://www.fsm.affrc.go.jp/Nenpou/other/nara-fsm_201003.pdf

 この中で、カシナガの分布域として日本、台湾、インド、ジャワ、ニューギニアなど東南アジアとあり、日本では戦前から南九州で発生記録があるという。しかし、その当時は散発的発生であったらしい。分布の中心は熱帯~亜熱帯で、カシナガは穿孔性であることから、流木に潜り込んだまま日本にたどり着いた可能性もある。穿孔性の昆虫はしばしばこういう分布の広げ方をする。その当時爆発的な広がり方をしなかったというのは、何らかの抑制因子があったのだろう。カシナガは樹齢50年以上の大径木を好むと言われ、その当時は薪炭林として使われていた里山にはあまり大径木がなかったということもあったかもしれない。しかし、現在の本州での感染爆発は、単に里山が放置されて大径木が増えているからだけとは思えない。

 今回の発生の広がり方は、外来種にしばしば見られるパターンであり、何か偶発的な侵入があったのではないかという疑念がわく。もともと南日本には自然分布(流木などが起源?)のカシナガがいた。しかし、天敵(寄生バチなど)の存在で大きく広がるようなことはなかった。今回のカシナガはそれとは別に日本にやってきたと考えた方がいいのではないか。

 各県のホームページから、最初の発生時期を調べてみると、1964年に敦賀で発生(散発的)、その後80年にやはり敦賀で発生しており、同時期に滋賀県の福井県境でも発生しているという記録がある(下表)。今回の拡大の始まりはこのあたりと見られる。

 最初の発生確認(各府県ホームページより抜粋)
 山形県 1991年 旧朝日村
 新潟県 1988年 旧東頸城郡
 富山県 2002年ごろ
 石川県 1997年 加賀市
 福井県 1964年 敦賀市
     1980年 敦賀市
 京都府 1990年以降拡大
 滋賀県 1980年ごろ 福井県境
     1997年ごろから県北部で拡大
 兵庫県 1992年以降北部地域を中心に拡大

 元がどこなのかはよくわからないが、経路としては移入木材チップやシイタケ原木などが考えられる。これはあくまで仮説に過ぎないが、海外から(敦賀港あたりに)陸揚げされた原木やチップの中に、カシナガの幼虫が潜り込んでいたか卵が産卵されたものがあり、そこから羽化したカシナガが周辺の林のナラの木に移動した。そして天敵を伴わないため、短期間に爆発的に広がるようになった、のではあるまいか。

 東南アジアのカシナガ、南九州のカシナガと今回発生地のカシナガのDNAを調べることで、侵入経路の一端が見えてくるかもしれない。
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by greenerworld | 2010-12-07 13:24 | 生物多様性  

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