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2年目の3月15日

 2年前の3月15日早朝、福島第一原発2号機の格納容器が破壊され、おそらくこの一連の事故で最大の放射性物質が放出されました。前夜から断続的に2号機からの放出は続いており、未明から朝にかけて、いわき、茨城、千葉、そして東京や横浜へと高濃度の放射性プルーム(死の灰の雲)が向かいました。新宿では9時過ぎに、東京日野では10時頃から、線量値が急上昇しました。
しかし、その時間帯に東京は雨が降っていませんでした。風向きは昼になると反転、東南から南の風になり、プルームは北上していきました。新たに放出されたプルームも福島第一から北西に向かいました。そのプルームが飯舘村に届いた頃、夕方から夜に掛けて、福島県の東北部では雨そして雪が降りました。

 プルームが最初南〜南西に向かったということは、その方向に低気圧があったということです。でもあまり発達せず雨にはなりませんでした。その後新潟方面に別の低気圧ができ、それが徐々に発達しながら東進し、そこにプルームが向かいました。もしあの日の午前中、首都圏に雨が降っていれば、現在の風景はおそらくずっと違ったものになっていたでしょう。「ゴーストタウン」になっていたのは、東京だったかもしれません。東京が汚染されなかったのは、ほんの偶然に過ぎません。

 写真は2011年3月15日、23時の福島県の雨雲レーダーです。
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by greenerworld | 2013-03-15 10:09 | 3.11後の世界  

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