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明かりを灯すたびに

 東京の離島で「漆黒の闇」というやつを経験したことがある。

 月がないどころか、空は厚い雲に覆われて星明かりもなく、前後左右も上下すらもあやふやになる。いわゆる鼻をつままれてもわからないという暗さだ。その闇の中、オオミズナギドリが海から陸にある巣に戻ってくる、その時の音や声を聴こうという趣向だったと思う。

 視覚に頼れないことを体が納得すると、それ以外の感覚がだんだんととぎすまされてくる。聴覚はもちろん、嗅覚や触覚が敏感になる。空気の中にさまざまな匂いが混じっていることがわかる。皮膚は気温や湿度、わずかな空気の動きを感じ取る。

 ほ乳類の祖先は中生代の闇の中で生き延びてきた。その原初的な記憶がよみがえってくるような体験だった。それにしてもオオミズナギドリは、漆黒の中どうやって自分の巣を見つけるものか、不思議でならなかった。

 九州の離島では、海岸に寝そべって星を眺めた。薄もやのように光る天の川を基準に、アルタイルやベガ、デネブを探す。南の空にはさそり座が長く横たわり、時折流星が視界をかすめた。波音をBGMに星だけを眺めていると、まるで宇宙空間に漂っているような感覚さえした。

 また別の時、沖縄の離島で満月の夜、サンゴのかけらを敷き詰めた小道を歩いた。白い小道にくっきりと人の影が映る。海岸に出るとリーフに波頭が輝いて見えた。砂浜に車座に座って見渡せば人の表情がはっきりとわかった。

 満月の光はどこかあやしげでもある。浮かれ狸が踊り出したり、人狼が変身したりするのもうべなるかな。人もまた然りだ。三線の響きで島歌が始まった。

 東(あーり)から ありゆる うつきのゆ うちなん やいまん てらしょうり
(東の空から上ってくる大きな月の夜 (お月様よ)沖縄も八重山も照らしてください)

 久々に満天の星とその中を貫いてぼうっと光る天の川を見たのは、福島県飯舘村にいたときである。文明の火の暴走のために、全村避難で村民がいなくなり、まわりにはほとんど明かりがなかった。その中で星々はこぼれ落ちんばかりに輝いていた。流れ星がすっと流れ、白い軌跡を残して消えた。

 明かりを一つ一つ灯すたびに、人はどれほどのものを失っただろうか。
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by greenerworld | 2014-01-04 12:37 | エネルギー  

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