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ヤドリギとクリスマス


(『科学」2016年2月号 連載「パラサイトの惑星」(小澤祥司) 第5回 樹上と林床の異形たち より)

 葉を落としたはずの落葉樹の枝先や幹に、冬になっても青あおとした葉や枝のかたまりが目につくことがある。その名をヤドリギ(宿り木)とはよく付けたもので、ランやシダの仲間によく見られる着生植物とは異なり、根を宿主ホストの組織内に食い込ませて、水分や無機栄養分を奪い取る寄生植物だ。ただし、エネルギーは自ら光合成を行ってつくりだすので、正確には半寄生植物(hemiparasitic plant)という。
 単にヤドリギというと学名Viscum album album(和名:オウシュウヤドリギ)の亜種V. a. coloratumを指す。常緑で、ケヤキやエノキなど落葉広葉樹の枝や幹に着いてこんもりとした形状をなすため、冬になると遠目からも目立つ。一方、広義のヤドリギ類として、オオバヤドリギ、ヒノキバヤドリギなどが国内で見られる。全てビャクダン目に属する半寄生植物である。
 ヤドリギのことを英語でミスルトウ(mistletoe)というが、これはアングロ=サクソン系の古語で「異なる枝」を意味する。ホストが葉を落とす秋から冬にかけてその存在がよく目を引くのは、時代と洋の東西を問わない(ただしヨーロッパのヤドリギには常緑の針葉樹をホストとする亜種もある)。
 古代ケルト社会では、冬至後最初の新月を過ぎて6日目に、祭司であるドルイドが神聖なオークの木についたヤドリギを黄金の鎌で切り落として、人びとに分け与えた。このとき決してヤドリギを地面に落としてはならないとされていたのは、その聖なる力が失われるからである。ヤドリギは魔除けとしてそれぞれの戸口に掲げられた。ヤドリギにつく白い実の粘り気のある汁は神の精液と考えられており、ヤドリギは豊饒と多産の象徴でもあった。同時にさまざまな病気を癒す万能薬であり、性欲を高める媚薬としても用いられた。
 北欧神話に登場する美しき太陽神バルドルは、悪神ロキに騙された弟のヘズに、ヤドリギの毒矢で射ぬかれて死んでしまう。息子の死を嘆き悲しんだ愛と美の女神フリッガが流した涙はヤドリギの実に変わり、バルドルも息を吹き返す。それ以来ヤドリギは愛の象徴とされ、その下を通る者にはキスを与えなければならないと定められた。
 ケルトの風習や北欧の伝承がのちにやってきたキリスト教の聖誕祭=クリスマスと融合した。欧米ではではクリスマスにヤドリギのリースが飾られる。そしてその下に立った者はキスを拒んではならないというしきたりがある。
 オーストリア出身の思想家・教育者ルドルフ・シュタイナーが考案した「人智医学」では、ヤドリギの抽出液が癌治療に用いられる。中国医療では乾燥させたヤドリギを生薬として用いることがある。また最近の研究によると、ヤドリギの成分が肥満性の脂肪肝の脂肪代謝を促す作用があるという。ただしヤドリギはビスコトキシンやレクチンといった有毒成分を含んでおり、実を食べて腹痛や下痢を起こすこともあるようだ。厚生労働省のサイト「健康食品の素材情報データベース」には、ヤドリギについて「ヒトにおける有効性や安全性については、調べた文献に信頼できる十分なデータは見当たらない」とある。
 北海道アイヌの人たちの間でヤドリギはニハルと呼ばれ、食用や薬用に使われることがあったという。しかし日本ではそれ以外にヤドリギを利用する例は見られず、ヤドリギに関する伝承も見あたらない。むしろ、木を弱らせるとして駆除されてしまう場合も少なくない。もとより都会ではヤドリギの着くような木も少なくなり、頭上を見上げる余裕すらなくしている。
 だがヤドリギには、何か人をひきつける魅力がある。一度その存在を知ってしまうと、冬にはつい落葉樹の枝先に目が行き、ヤドリギを探してしまうようになるのである。


by greenerworld | 2017-12-26 11:32 | 花鳥風月  

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