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あれは拉致だったんだろうか?

 今ごろになるとふと思い出すことがある。いや、そうではない。すっかり抜け落ちていた学生時代のある出来事の記憶が、5年前突然よみがえったのだ。

 20歳の9月。定期試験を控えた朝、アパートを出て大学に急いでいた。そのころ住んでいたのは大学の裏門から徒歩15分ほどのぼろアパート。そのまわりはごちゃごちゃした下町だったが、少し歩くと邸宅が立ち並ぶ閑静なお屋敷街で、その中を抜ける坂道が通学路。日中でも人通りはほとんどなかった。

 大学に向かって坂道を上っていくと一台の乗用車がゆっくりと追い抜いて、1〜2メートル先で止まった。助手席と後部座席のドアが開き、スーツを着た男が二人降りてきて、話しかけた。

 「宝石を買わないか。事情があって安く売っている」

 宝石? 何言ってるんだこいつら。いくらまわりがお屋敷街だって、姿格好を見れば貧乏学生だってわかりそうなものなのに。これは詐欺の類か、関わらないのがいちばん……。

 「けっこうです。興味もありませんし」

 「そういわず、見るだけでも。車の中にたくさんあるから」

 男は腕をつかんで車に乗せようとする。誘拐か? 勘違いするなよ、俺はこのあたりのお屋敷のお坊ちゃんじゃないぞ。

 車は坂の上を向いて停車している。男の手ををふりほどき、きびすを返して走りだした。坂の下には商店もある。交番もある。とにかく全速力で走った。

 坂の下に着いてようやく振り返った。誰も追ってきてはいなかった。交番に飛び込み、今あったことを説明すると、パトカーで本署まで連れて行かれ、事情聴取を受けた。試験前なのに講義を何コマか棒に振ってしまったのが痛かった。だがすぐにそのことも忘れてしまった。
 
 5年前の2002年9月、小泉首相(当時)が電撃的に北朝鮮を訪問し、拉致被害者の蓮池さん夫妻、地村さん夫妻、曽我ひとみさんらと面会、5人は翌月帰国した。

 蓮池・地村夫妻が自分と同年代だったため、それまで他人事だった拉致問題が俄然身近に感じられた。そのころ様々なメディアで取り上げられた情報で、日本海側の海辺だけではなく、都市で拉致されたケースもあると知った。

 そういえば、あれはいったい何だったのだろう。20歳の9月に東京の片隅で自分自身に降りかかった事件を、心臓の高鳴りや高揚した気分とともに思い出した。詐欺や誘拐にしては状況が不自然だ。だからといって、それ以外の何か別の事件だったという確証もない。ただ、あのときの自分の判断はけっこう冷静だったなと思うだけなのだが。
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by greenerworld | 2007-09-24 00:03 | 森羅万象  

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