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尊徳先生エコロジーを語る

 本ブログ6月7日付で二宮尊徳(金次郎)の“エネルギー論”を紹介したが、“エコロジー論”を見つけた。やはり弟子の福住正兄がまとめた『二宮翁夜話』に「万物はことごとく天の分身であって、神になり仏にもなりうる」という、尊徳の説話が紹介されている(天の巻・第一編・四十四)。それによると尊徳は、人はもちろん、鳥、獣、虫、魚、草木に至るまで、天地の間に生きているものはみな天の分身であり、天地の力をもってして生まれたものであって、人力を持って生み育てることはできない、と語っていたという。

 人間はその長である、とも述べている。だが、その理由は他の生きものを勝手に生殺してもどこからもとがめられないからだ。本来は何の区別もない。生きものはみな天の分身であるから、仏教ではことごとく仏であり、神道ではことごとく神であるという。

 次の節(同・四十五)では釈尊の「天上天下唯我独尊」について述べ、これは自分も人もただひとり、それぞれにとって天上にも天下にも自分自身にまさる尊きものはないという意味だと説く。自分がなければそこに物がないのと同じ、銘々がみな独尊である。そればかりか、犬も鷹も猫も杓子も独尊と言ってよいと。

 人は万物の長であるといいつつも、けっして人間の優位性を強調してはいない。仏教や神道についての解釈の下りではあるが、生物の相互作用や多様性の重要性、すなわちエコロジーについて、尊徳は直感的に理解していたのではないかという気がする。深読みしすぎでしょうか。

 C.ダーウィンの『種の起源』は残念ながら尊徳の死の3年後、1859年の出版。尊徳先生に『種の起源』の感想を語っていただきたかった。
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by greenerworld | 2007-10-17 08:19 | 生物多様性  

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