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[Book]『石油で読み解く「完敗の太平洋戦争」』

 12月8日は日米開戦の日。66年前(1941年)の今日、日本海軍がハワイ・オアフ島の真珠湾を攻撃した。すでに中国大陸で泥沼の戦争を繰り広げていた日本が、アメリカを始めとする連合国を相手にさらに戦線を拡大させた。

 工業生産力でも資源でも兵力でも数段勝るアメリカを敵に回し、なぜこんな無謀な戦争に日本は突き進んだのか。その理由はもちろん当時の軍部の独走にあるが、そのきっかけとなったのが石油だった。

 そのころアメリカは世界最大の石油生産国であり、輸出国だった。その当時日本には国内油田が存在していたが、その生産量はわずかで、アメリカの740分の1に過ぎなかった。日本の石油の海外依存度は92%、対米依存度は75%に達していた。航空機のエンジン出力向上に欠かせないオクタン価の高いガソリン精製能力でも、日本はアメリカに大きく劣っていた。

 1937年の日華事変を期に、アメリカは対日制裁を進める。工作機械、石油や高性能な航空機用ガソリンが輸出制限になり、さらに1941年7月には日本の在米資産の全面凍結、8月には石油の全面禁輸が実施された。

 さあ、困った。石油が入ってこない。石油は国民生活を支える以上に、戦争遂行になくてはならないものだからだ。戦車も航空機も軍艦も、石油なしでは鉄のかたまりである。石油禁輸で追い詰められた日本は、現在のインドネシアやマレーシアの油田を占領し、日本に還送することをめざした。

 開戦前に検討された不利な数字はことごとく無視され、あるいは棚上げされて、開戦しか打開の道はないと軍部は突き進んでいく。真珠湾の奇襲は成功したかに見えたものの、石油備蓄タンクもドックも破壊せずに引き揚げたため、米軍はすぐに体勢を立て直す。日本は真珠湾攻撃後ただちにボルネオやスマトラの油田や精油所を制圧するが、陸軍と海軍の対立でまごついているうちに油槽船が次々沈没され、補給線は断たれた。南方に派遣された石油技術者の多くも犠牲になり、掘削機械も失われた。燃料不足では、艦船も動けず戦闘機も飛べず、もはや戦いにならなかった。

 実は当時日本が支配していた満州(現在の中国東北部)には、膨大な石油資源が眠っていた。この油田が発見され、採掘に成功していれば、アメリカの政策も変わっていただろうし、その後の成り行きはだいぶ変わっていたかもしれない。しかし、かといって当時の日本の政治情況から、そのまま平和な世界が訪れたとは考えにくい。日本はさらなる軍事力拡大に突き進み、どこかで大きな破局が訪れたに違いない。

 『石油で読み解く「完敗の太平洋戦争」』
 岩間敏著 朝日新書 720円+税
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by greenerworld | 2007-12-08 17:25 | レビュー  

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