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バリ会議に感じたデジャヴ

 COP13バリ会議は、案の定気候変動対策に消極的なアメリカ・カナダ・日本対積極的なEUという構図に、経済成長に水を差されたくない中国・インドが絡み合い混沌としたものとなった。それにしても日本はいったい何をしにいったんだろう? アメリカも2009年には大きく変わることが明白なのに、事実上レームダック化し機能不全に陥ったブッシュ政権に同調して、その眷属のように振る舞っているのは全く外交センスを疑う。日本政府には過去に学ぶ発想はないのだろうか。

 10年前のCOP3も、同じような膠着状況に陥った。日本の政治も参議院で与野党逆転し、内閣不信任案が提出される政治状況で現在とよく似ていた。COP3の議長を務めた当時の大木環境庁長官が、国会対応を優先するために議長職を投げ出して永田町に戻ろうとしたところを、NGOの働きかけで議長席に復帰するいう失態を演じた。京都会議が何とかまとまったのは、大木長官の功績ではなく、数値目標を決めた全体委員会のエストラーダ委員長(アルゼンチン)の手腕があったからである。そしてもう一人の立役者が、今年のノーベル平和賞受賞者、アル・ゴア氏だ。

 京都会議では90年比一律−15%を主張するEU、0%を主張するアメリカが対立し、日本も実質ゼロの目標を主張して、アメリカの軒を借りながら両者の間を行き来するという状況だった。エゴがぶつかり合い、二進も三進もいかなくなりそうだった会議を動かしたのが、当時のアメリカ副大統領ゴア氏だったのである。会議終盤にさしかかった12月8日、満を持して京都に乗り込んだゴア氏は、対象温室効果ガスに代替フロンなどを含めること、森林吸収の算定基準を設けることなどを試算とともに提案し、交渉を進展させたのだ。こうして最終的に先進国全体で−5%という目標が合意された。もちろんシナリオは前もって描かれていたのだろう。その後アカデミー賞を取ったくらいだから。

 結局最後に京都に乗り込んだゴア副大統領、そしてアメリカがおいしいところを総取りした。京都会議での日本は道化役でしかなかった。バリ会議での日本の振る舞いを見ていると、それを忘れてしまったとしか思えない。いやそもそも気づいていないほど鈍感なのか。

 産業界が自主規制(現在は「自主行動計画」)による対策を主張し、キャップ・アンド・トレードなどの法規制導入に強く反対していることも当時と全く変わらない。環境税の導入も当時から議論されていて、いまだに実現のめどすら立たない。何もかも10年前と同様だ。なるほどバリでNGOから“化石大国”に指名されるわけである。
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by greenerworld | 2007-12-22 10:12 | 環境エネルギー政策  

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