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カテゴリ:森羅万象( 88 )

 

もし2060年の日本が100人の村だったら

 今日は敬老の日。国立人口問題・社会保障研究所の推計(2012)による2060年のニッポン、人口は8674万人、65歳以上の高齢化率は約4割、0〜14歳の年少人口比率は9.1、平均年齢は52歳となる。つまり、かつてなら「人生50年」といわれた50歳になっても、まだ平均より若いのだ。死亡率は千人あたり17.7人で、同出生率は5.6人。従属人口指数(働き手の数で養われる人=高齢者と年少者の数を割った指数)は92.7である(いずれも出生・死亡とも中位仮定)。
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 2060年の予測人口ピラミッドを見ると、重心が大きく上(高齢側)に偏っていることが一目瞭然。女性の80代にピークがあるが、これは団塊ジュニア(第二次ベビーブーム)世代。50代後半から60代前半に小さな山が見えるのはその子供(団塊世代の孫)世代。

 もしニッポンが100人の村だったら、40人が高齢者、9人が年少者、51人が働き手でほぼ1人が1人を養っている。40人くらいがひとり暮らしで、30人くらいは役場の近くに住んでいる。毎年2人くらい亡くなる一方で、赤ちゃんは2年に1度くらいしか生まれない。その結果、人口は10年後には78人に減り、2100年には57人に……。

 

 そんな世界が44年後に待っている。もちろん、ブログ氏は生きてないが、わが息子たちはこんな世界で老後を迎えていることになる。


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by greenerworld | 2016-09-19 13:24 | 森羅万象  

遙かなる日本語

 もう四半世紀も昔のことになる。台湾南部の都市・高雄のバスターミナルで、東港という町へ向かう乗り場をさがしていた。そこへ「どちらへいらっしゃるの」と声を掛けてきたのは日傘を差した上品なご婦人で、それが完璧な日本語だったのだ。戸惑いつつ行き先を告げると「それなら、これから(東港の家に)戻るところだから一緒に行きましょう」ということになった。車中で尋ねると戦前に高知県の女学校を卒業したという。

 東港の町に着きご自宅に招かれた。ご主人も日本の大学を出ており「もうすぐ中等野球が始まるので楽しみ」だとこちらも完璧な日本語で語った。居間のテレビは日本の衛星放送を映していた。

 台湾は、日清戦争で日本領となり太平洋戦争終結まで日本が統治した。日本語教育が徹底し年配の方はきれいな日本語を話すと聞いてはいたが、異国にいるはずなのに不自由なく日本語で会話をしていると、違和感というのではないが、何だかすわりの悪いような感じがした。翌日、市内の案内にホテルに迎えに来てくれたのは、日本留学から戻ったばかりの夫妻の甥御さんで、日本語は少したどたどしかったが、むしろその方がしっくりときた。

 台湾での経験からさらに五年ほど遡る。ダイビングの旅でミクロネシア連邦の首都があるポナペ島を訪れた。ホテルの近くを散歩していたら、通りかかった家から一人の青年が出てきて英語で「父が話したがっている」と家に招いた。少しいぶかりながら、薄暗い家の中に入ると、初老の男性が日本語で語りかけてきた。

 「内地からいらっしゃいましたか。天皇陛下はお元気ですか」

 現在のミクロネシア連邦も、戦前は内南洋と呼んで日本が統治していた。第一次世界大戦の際に敗戦国ドイツから奪い取ったのである。その後、小さなプロペラ飛行機でコシュラエ島へ渡り、海辺の村を訪れたときも出迎えた老人に「内地からですか。天皇陛下はお元気ですか」とまったく同じことを聞かれた。

 台湾では日本の統治期間が長かったことに加え、先住民、近世以降に移住してきた福建人や広東人それぞれが異なる言葉を話していたため(先住民は部族ごとに言葉が異なる)、共通語として日本語が使われたという。それで戦後、国民党支配下になってもしばらく日本語が残った。ミクロネシアでは統治期間も短かったし、終戦後はアメリカの信託統治領となって今度は英語での教育が進んだため、もともと日本語教育を受けた世代は少ない。それも日本の敗戦をもって突然使われなくなった。彼らの中での日本語は昭和20年の夏で凍結してしまった。だからいま日本語を話すと、彼らが日本語を使っていた戦前・戦中の日本が解凍されて出てくるのである。

 戦後70年経つ現在では、日本語世代もほとんど残ってはいない。ただ現地の言葉に今でも日本語由来の単語が混じる。ポナペ語で「タマ」というと電球のこと、トランクスやショートパンツは「サルマタ」で通じる。死語となった日本語が南の島で生きているのだ。


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by greenerworld | 2015-11-09 11:15 | 森羅万象  

ポツダム宣言と「国体護持」

 今日7月26日は、70年前にポツダム宣言が発っせられた日。米大統領トルーマン、イギリス首相チャーチル、中国国民政府主席蒋介石の連名によるものでした。つまり、ポツダム宣言受諾は、アメリカ、イギリス、中国に対する降伏を意味していたわけです。

 実はトルーマンはその前日に日本に対する原爆使用を決定していた。もし日本がすぐにポツダム宣言を受け入れていたら、原爆投下はなかったのかもしれませんが、おそらく日本がすぐに受け入れることはないだろうとも思っていたでしょうね。

 26日にマリアナ諸島のテニアン島に着いたウラン原爆「リトルボーイ」は、ここで組み立てを完了し、8月5日にエノラ・ゲイに積み込まれて、翌6日に広島に投下され、多くの市民がその犠牲になり、生き残った人たちも原爆症で苦しむことになります。

 日本への原爆投下に先立ち、7月16日にアメリカでは原爆実験(トリニティ実験)が実施されましたが、これは長崎型のプルトニウム爆弾で、ウラン爆弾は事前の実験が行われておらず、広島投下は核実験でもあった。その威力を確かめるために終戦後米軍がいち早く広島に入り調査を始めたのは当然のことでしょう。

 さて、長崎にも原爆が投下された8月9日になってようやく、最高戦争指導会議がポツダム宣言受け入れを議論するのですが、そこでも「国体護持(=天皇制維持)」「戦争犯罪人処罰」「武装解除」「保障占領」をめぐって、なかなか結論が出ませんでした。当時の日本の指導層はなんとか自分たちの責任や処罰を回避しようと醜く右往左往していたのです。

 結局昭和天皇が「国体護持」の一点さえ守れれば受け入れやむなしとして、「聖断」を下すのですが、それは「敵が伊勢湾付近に上陸すれば、伊勢熱田両神宮(八咫鏡は伊勢神宮に、草薙剣は熱田神宮にあるとされる)は敵の制圧下に入り、神器の移動の余裕はなく、その確保の見込が立たない、これでは国体護持は難しい」という理由で、つまり国体護持とは、三種の神器の継承のことであったわけです。
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by greenerworld | 2015-07-26 11:53 | 森羅万象  

内村鑑三と足尾鉱毒事件

 明治34年(1901年)4月、キリスト者内村鑑三は、日刊紙『萬朝報』に4回にわたって「鉱毒地巡遊記」を連載する。内村鑑三は4月21日に栃木県の足利で開かれた講演会に招かれ、その足で鉱毒被害地を視察、その被害の深刻さを目の当たりにし、足尾鉱毒事件に関わるようになる。東京に戻ってすぐに書いたのが「巡遊記」である。中でも其四は檄書といってもいいほど、激しさがほとばしっている。

 この年の12月10日、田中正造は足尾鉱毒に苦しむ被害農民のため、明治天皇の乗る馬車に駆け寄り直訴状を渡そうとした。いわゆる天皇直訴事件である。田中正造が釈放された後の12月27日、学生約800人によって、鉱毒被害地学生視察団が組織され、内村を団長として谷中村はじめ渡良瀬川流域の村々を回った。内村は、行った先で「毒塚」(鉱毒の混じった泥を集めて積み上げた塚)の一つに駆け上がり、学生や地元参加者を前に朗々と演説を行ったという。

 ところが、翌年になると内村の鉱毒事件への関与は格段に小さくなる。その理由は詳らかでないが、運動から離れ聖書研究へと没頭していく。

 ともあれ、今から112年前に書かれたこの文章が、福島第一原発事故を経た現在にそのまま通じることに、複雑な思いを抱くことを禁じざるを得ない。われわれは何も学んでいないのか、それともただ歴史は繰り返すものなのか。

 ──「鉱毒地巡遊記」其四(『萬朝報』1901年4月30日)より抜粋(『よろづ短言』警醒社、明治41年版による。旧字を新字に改め、( )に読みを加えたほかは原文ママ)

 世に災害の種類多し、震災の如き、海嘯の如き、洪水の如き、災(わざわい)は災たるに相違なきも、而かも之諦め難きの災にあらず、最も耐え難き災は天の下せし災に非ずして人の為せし災なり、天為的災害は避け得べからず、人為的災害は避け得べし、而して、鉱毒の災害は後者に属し、而かも、其の最も悲惨なる者なり。
 悲しむ者は一府四県の民数十万人なり、喜ぶ者は足尾銅山の所有者一人なり、一人が富まんが為めに万人泣く、之を是れ仁政と言うべき乎。
 余等は被害民の家を訪へり、彼等の額に「絶望」の二字の印せらるるを見たり、民に菜色(*1)ありとは多分彼等の如き者を形容しての言ならん、而して余のイマジネーションは直ちに走て  古川市兵衛氏の自宅に入れり余は日々に積る氏の家産に就て想へり、余は我国の貴族紳商間に於ける氏の広き交際と勢力について想へり、余は故陸奥宗光氏が彼の姻戚なるを思ひ出せり、一人が栄華に誇らんが為めに万人は飢餓に泣かざるを得ざる乎、王政維新の結果は終に茲(ここ)に至りし乎と、斯く思ふて余の頭を擡(もた)げ見れば日光山脈の諸峰は雲霧の裡(うち)に包まれて余と憂愁を分つが如し。
 如何にして悲哀に沈める此民を救はん乎、勢を以て政府に迫らん乎、筆を以て社会に訴えん乎、跪(ひざまづき)て天に祈らん乎、既に七年の長きに渉る民の間断なき哀訴に傾くる耳を有せざる此政府に尚ほ幾回迫るとも何の益あらんや、聞くも信ぜず、信ずるも行はざる此社会は其一部分が萎縮死に就くも何の同情をも寄せざるべし、然らば如何にしてこの民を救はん乎、祈るの外別に途なき乎、唯泣て同情を表するに止まる乎。
 語を寄す、世の宗教家よ、一日の間を窃(ぬす)んで行て被害地を目撃せよ、諸氏は信仰上大に益する所あらん、世の小説家よ、杖を渡良瀬川沿岸に曳き見よ、諸氏は新なる趣向を得て一大悲劇を編むを得ん、詩人よ、農夫の貧と工家の富とを比対し見よ、諸氏の韻文に新たに生気の加えられるを見ん、足尾銅山鉱毒事件は大日本帝国の大汚点なり、之を是れ一地方問題と做(な)す勿れ、是れ実に国家問題なり、然り人類問題なり、国家或いは之が為に亡びん、今や国民挙て目を西方満州の野に注ぐ、我の艨艟(もうどう*2)は皆な悉く其舳(へさき)を彼に対して向く、然れ共何ぞ知らんや敵は彼にあらずして是にあるを、何ぞ初瀬艦(*3)を中禅寺湖に浮べざる、何ぞ朝日艦(*4)をして渡良瀬川に遡らしめざる、而して足尾銅山を前後両面より砲撃せざる、余をして若し総理大臣たらしめば余は斯くなさんものを。

 *1菜色:飢えて血色の悪いこと
 *2艨艟:いくさぶね、戦艦
 *3初瀬:明治期の日本海軍戦艦、日露戦争で沈没
 *4朝日:明治~昭和期の日本海軍戦艦、太平洋戦争初期に沈没

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by greenerworld | 2013-11-15 17:01 | 森羅万象  

東京新聞・中日新聞「紙つぶて」

 1月10日から、東京新聞・中日新聞の夕刊コラム「紙つぶて」に執筆させていただいています。6月までの半年間、火曜日の担当です。

 600字強の字数とは言え、週1回の締め切りというのは初めての経験で、なかなかスリリングな日々です。もっとも落とすわけにはいかないので、時間のとれない時期の分はある程度ストックしています。しかし、できるだけタイムリーな話題をと思うと、予定していた原稿を締切日に差し替えるなんてこともすでにありました。

 ツイッターやフェイスブックでは、何かつぶやいたり書き込んだりしたことに、すべてではありませんが、すぐに反応があります。一方、新聞コラムは直接読者の方の反応がわかりません。そこで、翌日フェイスブックに記事を投稿して、友人の皆さんからご意見をいただいています。ただし版面権があるので「友人限定」の公開、偏りがあることは重々承知。また記事の参考にさせてただくために、質問を投稿することもあります。

 表現や情報発信の仕事の端くれにいる者としては、そんなウェッブとの連動も少し試行しつつ、半年間を楽しみたいと思っています。
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by greenerworld | 2012-01-19 12:41 | 森羅万象  

里山の開墾

 小田原の里山で、長く耕作放棄されていた0.7ヘクタールほどの土地。昨年秋からここを伐開し、地元の人たちと有効活用していこうというプロジェクトが動き出した。今日は昨年暮れに作業し残した部分の切り払いと、切った木々をチップ化すること。人数も多く、植木業者さんやログビルダー、工務店などのプロも参加していることもあり、切り払いはかどった。農地だけかと思ったら、沢もあり、かつて薪炭林として使われていたと思われる尾根林もあった。コナラが何本かあったので、それを残して整理するとごらんの通り見通しの良いすっきりした林となった。
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 林床には、シュンランの株もあった。明るくなったので来年は花が咲くかもしれない。秋になったらここにドングリをまいて、コナラ林を復元させたい。ヤマザクラも何本かほしいところ。

 ただし切り払った木をチップ化して片付ける作業の方は、チッパーの能力不足ではかどらず。二山ほどをチップにしただけだった。できたチップはいいチップなんだけどね。
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by greenerworld | 2011-02-06 19:51 | 森羅万象  

食糧価格は最高水準に

f0030644_1952398.jpg 国連食糧農業機関(FAO)が発表している食糧価格指数(Food Price Index=FPI)が昨年暮れ、2008年のリーマンショック前の水準を超え、最高水準に達した。2000年からの推移を見ると、2000年の90から2010年には215と10年で2.4倍に上昇している。石油や金と並んで、最近の急上昇の背景には、だぶついた投機資金の株や通貨からモノへのシフトがあることは確かだが、昨年はロシアの猛暑干ばつによる不作もあり、穀物価格が強含みの状況にあった。さらに今年に入りオーストラリアやブラジルの大洪水被害も、今後食糧価格に影響を与えると予想される。

 中でも穀物は10年で2.8倍、砂糖は3.4倍、油脂は3.9倍に上昇している。この3種類に関しては、バイオ燃料への転換も上昇原因にあげてよいだろう。アメリカでは、ばかでかいピックアップトラックやSUVはエタノール対応車が増えているが、それが食糧価格を引き上げ、貧しい人々の食糧を奪うことにつながっている。
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by greenerworld | 2011-01-18 17:13 | 森羅万象  

ホモ・サピエンス(知恵の人)への道

 現生人類(ホモ・サピエンス)の一部がデニソワ人と交雑していたという内容の論文が、英科学誌「ネイチャー」に掲載された。デニソワ人は南シベリア(アルタイ山脈)のデニソワ洞窟で骨や歯の一部が発見されたホミニン(ヒト族)で、3万年ほど前まで生きていたと考えられている。http://greenerw.exblog.jp/13208423 ところが、その後採取された核DNAを調査し、さまざまな地域の現代人のDNAと比較すると、パプア・メラネシア系の人々のみがDNAの21分の1(4.8%)をデニソワ人から受け継いでいることがわかったという。パプア人が他の現代人グループから別れた後で、デニソワ人と交雑したということになるが、その時期も場所も不明だ。

 デニソワ人とはどういう人類だったのか。まだたった1例の発見で詳しいことは何もわかっていないが、アジアで独自に進化したホモ・エレクトスの子孫だったのだろう。もしかするとアジア全体にかなり広く分布していたのかもしれない。東南アジア島嶼部は氷河期に陸続きとなっっていた(スンダランド)が、そのどこかで生き延びていた小集団のデニソワ人とパプア人の祖先が交雑したと考えるのが、すっきりとする。あるいは島嶼化した後という可能性も否定できない。

 ミトコンドリアDNAの分析からは、サピエンスとデニソワ人とは百万年前に分岐したとされている。子孫を残せたということは、種の定義からするとサピエンスとデニソワ人は少なくとも亜種関係で、ホミニンの分類を根本的に見直さなければならなくなる可能性もある。現代人へと至る道には、ホミニンどうしの交雑がしばしばあったのかもしれない。
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by greenerworld | 2010-12-26 11:13 | 森羅万象  

開墾のち猪鍋

 今日は朝4時起きで小田原へ。海からすぐ近いのに標高450m。耕作放棄地を地元の皆さんと開墾。20〜30年放棄された場所で、草刈機にチェーンソーまで動員して1ヘクタールを切り開いていく。作業しながらざっと植物をメモ。ミズキ、カラスザンショウ、タラノキ、シロダモ、ヒサカキ、ハコネウツギ、マユミ、ヤマグワなど、耕作放棄地によく見られる木がここでも多い。ほとんどは鳥が食べる実のなる木で、糞とともに散布されるタイプだ。
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 休憩、お昼には地元のお母さんたち手作りのお菓子や漬け物、豚汁。どれもおいしい。とくに漬け物は絶品。参加の一人が知り合いからいただいたというイノシシを鍋にして持ってきてくださった。脂身が多いが、決してしつこくなくとろりと溶ける感じ。赤身もやわらかい。大好評でこの大鍋がじきに空になる。
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 実はこの地区、イノシシの獣害で困っている。次はここでとれたイノシシだねと盛り上がった。

 農業をやりたいという若者が3人。大鎌やのこぎりの使い方はまだぎこちないが、最後までしっかりと働いていた。頼もしいね。天気にも恵まれ、久しぶりにいい運動。でも明日がこわい。
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by greenerworld | 2010-12-12 23:12 | 森羅万象  

iPadがやってきた

 前回iPadの悪口を書いたら、なんとiPadが自宅にやってきた。いや文句言いに来たわけじゃありませんがね。妻が職場から持ち帰ったもので、何でも職場の図書館でiPad導入を検討するために買った1台(WiFiモデル)を、いちばんITに縁のなさそうな人に使ってみてもらおうということになったのだと……。まず家族用のiMacがつながらない。PowerPCモデルでOSは10.4のまま。iPadは10.5以上でないと対応していないらしい。仕事用のMacBookにつなぐ。取説がないのが売りだが、こういうの使ったことのない人には、アイコンもあんまり用をなさない。

 iTunesストアからなんとか電子ブックを一冊ダウンロードした。iTunesストアの電子ブックの価格は、紙の本とあんまり変わらない。印刷代も紙代もないのに、アップルの取り分(30%!)が大きいのも理由か。プラットフォームを制したら坊主まるもうけという構図だなあ。だから、AmazonもGoogleもMSも必死なのか。だんだん、アップルに腹が立ってきた。

 使い勝手を言えば、やはり重いの一言に尽きる。大きさ、操作上から、端っこをもつことになるので、モーメントがかかり余計に重さを感じる。20分も持っていると手がだるくなる。基本的にマックかPCにつながないと使えないというのも、デバイスとしては中途半端。この分野はMacBook Air に9インチサイズがあればいいのではないか。SDまたはmicroSDスロットをのせれば(現在11インチのAirにはSDスロットがない)、ミニノートとしてもPDAとしても使える「究極の一台」になると思うが。

 電子ブックに関して言えば、購入したものがMac本体で読めないっていうのは解せない。AmazonはMac用の電子書籍リーダーKindle for Macを無償配布している(ただし購入できる書籍は英語版のみ)。ブログ子の描く電子ブックの近未来は、プラットフォームに関係なく読め、誰でも発信(販売)できるようになることだ。AdobeがDTPソフトのInDesignから電子書籍への書き出し機能をつけるという話だが、結局プラットフォームごとに別バージョンを作っていたのでは意味がない。音楽ファイルと同じように、統一すべきだと思う。ごまめの歯ぎしり。
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by greenerworld | 2010-11-09 09:03 | 森羅万象