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カテゴリ:3.11後の世界( 38 )

 

除染の現実

 福島県飯舘村役場前の植え込みの写真を見ていただきたい。環境省が昨年自衛隊に依頼して行った除染の結果だ。表土をはぎ、汚染された土を除去した結果、マツの根は無残にもむき出しになり浮いてしまっている。放射性セシウムは比較的表面にとどまっており、表面から5~10cmを取り除けばいいとされているが、地形や土質などの条件によりそれだけではすまない。十分に除染の効果を上げようと思えば写真のような有様になるわけだ。さらに、枝葉を切り、幹には高圧洗浄をかける。このあとこの木がどうなるのか、結末を見届けたい。これだけやっても空間線量は半分程度にしか下がっていない。
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 人工的な植え込みでさえこんな状況だから、山だったらいったいどうなのか。飯舘村は4分の3が林野。村の計画ではそこを20年かけて除染することになっている。表土をはぎ、枝を徹底的に落とし、幹は高圧洗浄する。そんなことをしたら、山の生態系は壊滅的だ。このあたりは古い花崗岩地帯で、表土の下はさらさらした砂質土なので、山崩れも起きるだろう。そもそも1万7000ヘクタールもある林野で、そんなことができるのか。さらに、今回の事故で汚染されたセシウム137が30万ベクレル/㎡以上の土地のうち、林野面積は13万8000ヘクタールにも及ぶのだ。

 飯舘村内の小宮地区に、道ばたに土がうずたかく積み上げられている場所があった(写真下)。村民の話では山の斜面から落ちてきて側溝などにたまった土を除去したあと、持って行き場がなくここに「捨てた」らしい。近づくと線量計は20マイクロシーベルト/h以上を示した。近くの側溝からあふれた土を測ると、やはり20マイクロシーベルト/h以上。こんなところが飯舘村内のあちこちにある。道路・居住区を先に除染したとしても、山から汚染された土や落ち葉は流れてくるのだ。
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 内閣府の除染モデル事業の報告書もアップされたが、それを見ても除染の効果が限定的だということがわかる。いったい誰のための除染なのか。少なくとも被害住民のためではなさそうだ。除染はいつまでたっても終わらない。いやそれだからこそ、除染は「打ち出の小槌」なのか。

 原発事故は収束などしていないし、被害者たちの置かれた状況は全く改善されず、むしろ放置されたままだ。いf0030644_9404255.jpgま必要なのは、安全で安心できる避難先を確保し、そこでの生活と仕事、コミュニティの再建に力を尽くすことではないだろうか。除染すれば復興できるというその掛け声は、この事故を矮小化し、原発再開への道を開こうとするものに聞こえてならない。


飯舘村 6000人が美しい村を追われた』七つ森書館

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by greenerworld | 2012-04-06 09:56 | 3.11後の世界  

除染だけが復興ではない(東京新聞寄稿の続き)

 11月30日付東京新聞朝刊(首都圏版「談論誘発」)に「除染と帰還だけが復興か」として寄稿させていただいた。1200字の制限なので伝えきれなかったこと、執筆時点(11月21日)以降の情報も踏まえて、少し書いておきたい。

 飯舘村に限らず、策定が進む汚染地の復興計画は「除染して帰還」が前提になっている。しかし、それは「計画」というより「希望」と言った方がいい。これまでこれほど広範囲に汚染された地域を除染した経験はどこにもない。チェルノブイリ周辺でも、除染はいたちごっことなり結局はあきらめた。これまで実施した除染モデル事業は全て小面積の限定的なもので、高濃度広範囲に汚染された地域に、しかも山林が7~8割という地域全体に応用できる技術かどうか、誰にもわかっていない。費用も期間も含めて、放射能の除染はすべてが未知の世界である。

 国の除染基本方針では、2年後の目標値は年間被曝線量50%削減である。ところがそのうち8割は半減期分をみているのだ。結局国も除染について自信があるわけではないらしい。にもかかわらず2割分のために莫大な費用をかけるということになる。しかし、高汚染地区では、2年で半分になったとしてもとても戻れるものではない。

 たとえば先行する飯舘村の復興計画では、除染期間は住環境2年、農地5年、山林20年を目標としている。村民の中にはこれを疑問視する声も強い。地域は4分の3が森林であるから、20年は放射能に囲まれて暮らすことになる。農地にも放射性セシウムが流れたり飛んだりしてくるだろう。実際、福島市や伊達市の米で高濃度のセシウムが検出されたのは、周辺の山林から流れ込んだ可能性が高い。すでにセシウムは環境中に入り込み、どのような動きをするか皆目見当もつかないのだ。もとより除染は、元のように暮らし仕事をするために行うはずだが、ひっそりと家の中で放射線を浴びないように暮らし、とれたものも食べられないような生活で、果たして「復興」と呼べるのだろうか。多くの避難住民は、そうした現実を理解しているように思われる。今の国の除染方針は「机上の空論」と批判する住民もいる。

 11月26日夜に開催されたの飯舘村「除染説明会」のユーストリーム中継を見たが、あの説明で納得し安心した方は、会場にも中継を見た方にも一人もいなかったのではないかと思われる。そのくらい、村民の質問、疑問に国から出向の役人はまともに答えていなかった。はぐらかしているのではない。本当にわからないから答えられないのだ。

 これまで、国は「除染して帰還は住民の要望」だから、国の責任においてその方針を打ち出したという流れになっているような気がする。だが11月26日説明会での飯舘村長の説明を聞くと、国が除染という方針を打ち出したからわれわれとしてはしっかりやってもらいたい、と話がすれ違っている。

 どこかで、高濃度汚染地域において長期間帰れないことを口にすることが政治家や官僚にとってタブーになったのではないかという気がする。あるテレビ番組のインタビューで、警戒区域から避難している住民の方が「誰も悪者になりたくないから帰れないと言わない」と批判していたが、実際にその程度のことなのかもしれないのだが……。

 われわれの調査(日本大学生物資源科学部糸長研究室―NPOエコロジーアーキスケープ共同実施ヒアリング)では、「帰りたい」という高齢者でも「子どもや孫は帰らせられない、帰ってこないのは仕方ない」と述べている。若い層、とくに子育て世代では帰還の意思は少ない。除染にも期待する声もほとんど聞かれない。もちろん誰もが「帰りたい」と願っているが、「帰りたいけれど帰れない」のが実態である。

 村民には「若い人がいなくなって村と言えるのか」、「高齢者しか住まないのでは20年、30年たてば村はなくなってしまう」という声もある。村民はきちんと現実を冷静に見て判断している。26日の説明会中継を見て、ますますその思いを強くした。多くの村民の率直な思いを直接ぶつけられても、まだ「除染して帰還は住民の要望」だと、国は言い続けられるのか。

 放射性物質はなくならない。ただ放射能は半減期に従って減る。2年では半分にしかならないが、セシウム137の半減期である30年を経過すれば、ほぼ同量放出されたセシウム134の放射能は消滅しているので、そのまま置いておいても放射能で4分の1になり線量率では6分の1程度になる。雨での流出、地中への沈降を考えれば、8分の1〜10分の1になると期待できる。もちろんこれもあくまで期待であるが、何もしなくても時間がたてば放射能は減るのである。

 莫大な除染費用は、国民全体の負担になる。そのコストをかけた結果汚染は除去できず、ずるずると時間がたって、地域社会も消滅する可能性は決して小さくない。そこで得をするのは一体誰か。原子力関連団体が除染事業の差配を請け負い、その下にゼネコンが均等に連なる構造を見れば、ああこれは旧来の構造そのままだとわかる。公共事業が減ったゼネコンには千載一遇のチャンスでもあるし、幾多の業者がここを先途と福島に群がっている。

 このまま黙っていると「壮大な愚行」を認めることにはなるまいか。今からでも遅くない、住民の声をしっかりと聞き、取り入れた復興計画を作る方向へシフトすべきだろう。とくに飯舘村民は事故直後に避難対象にもならず、計画的避難で3か月半も高線量の地域にとどまった。また避難が遅れた分、仮設住宅や借り上げ住宅は各地に分散し、コミュニティがバラバラになっている。その間に受けた被曝を考えれば、できるだけ線量の少ない地域に避難し、そこでコミュニティや文化を維持しつつ、生活と仕事の再建を目指すことが望まれる。その間に東電と国の責任で除染を進めるにしても、線量の低いところから行い、普通の生活に戻れるようになった場所から段階的に帰還する、中長期的な復興プランがあっていいはずだ。

 ただ先の説明会での村長の思いには変化も感じた。これまで除染・帰還一辺倒だったのが、26日の説明会では「帰って来られない若い人たちのことも考えなければ」という言葉が聞かれた。

 談論誘発では、中長期かけて帰還する現実的な避難・復興計画の必要性と、まとまった土地の手当てやそこでの生活・仕事再建のための支援を訴えた。ただ、土地や復興住宅には公的補償──見通しのない除染にかける費用を最小限にして──をあてるとしても、仕事の再建には必ずしも補助金は必要ない。避難している人たちの持っているさまざまな技術やノウハウを生かして、新しいコミュニティビジネスを作っていければいいと考えている。全国の皆さんに応援していただきたいのは、商品の購入、販売先や顧客の紹介、出資などの面である。食品であっても、しっかりとした検査態勢をつくり、トレーサビリティを構築することで、安心して食べてもらえるのではないか。

 そんなしくみをつくっていきたい。それはたぶん他の被災地や疲弊する中山間地再生への復興ともつながるのではないだろうか。
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by greenerworld | 2011-12-01 20:00 | 3.11後の世界  

もう少し先送りできたかもしれないこと

 世の中には、今すぐに決めなくても、まだ先送りできるって思うことが、よくある。そうこうしているうちに何となく解決したような気になるんだけれど、決して解決していなくて、日に日に深刻になっている問題。財政赤字とか、年金とか。何十年も前から改革しないといつか破綻するっていわれてきたのに、いまだに問題は先送りされ続けている。これとちょうど似たような問題が核廃棄物。使用済み核燃料は最終処分場が決まっていない。地層処分することはほぼ決定しているけれど、正式に調査できた場所はまだない(ひそかに調査した場所はあるけれど)。そもそもオンカロ(フィンランドの地層処分場)のように安定した地層は日本にはなく、何万年、何十万年と安全に保管できるのかも不明。それなのに、そんなムズカシイ問題は先送りしたまま、アブナイ核廃棄物は溜まり続けている。

 しかし東電福島第一原発事故で発生した“放射能がれき”の処分問題で、図らずも放射性廃棄物の処分問題は先送りできない状況に至ってきた。6月9日に、環境省の南川事務次官はがれきや焼却灰の最終処分場を福島県内に建設する案を佐藤知事に打診したが、これを知事は拒否した。

 福島県にしてみれば、自分たちの使った電気を起こしたわけでもない原発のがれきを、なぜ引き受けなければならないのかということだろう。いまはがれきの話だが、当然原子炉建屋、容器、そしてメルトダウンした使用済み燃料も、「きれいさっぱりどこかへ持っていってくれ」という話になる。もともと事故がなければ、どこかの最終処分場に持っていくはずだったものだ(原発立地自治体はみなそう思っている)。いや、放射能に汚染された住民はまき散らした放射能も全て回収して、元に戻してくれと言いたいに違いない。除去した校庭の汚染土も、下水汚泥も処分先が決まらず放置されている。汚染土除去のプロジェクトも、結局ここで行き詰まっている。これらは当然東電が引き取ることが筋だが、引き取ったとしても、放射性物質が消えてなくなるわけではない。安全な場所に埋めるなりして、その後も管理し続けなければならない。福島が拒否したからといって、県外に受け入れ先が出てくるとはとうてい思えない。結局二進も三進もいかなくなり、最後は「金で解決」という話になるのではなかろうか。

 一か所で処理できなければ薄めて拡散させるという手がある。そんなことを考えたかどうか知らないが、文科省も農水省も環境省も、かなり高めの基準を作って、埋立や再利用が可能だという方向に動き始めた。「だってどうしようもないでしょ。このまま立ち往生してどうにもならなくなるよ」というのが彼らの思いだろうね。

 そもそも放射能に汚染されたがれきや汚泥をどのように処分するのか、事故から3か月以上もたつのに方針が決まっていないのは、原発は事故など起こさないという虚構に原因がある。下水汚泥や焼却灰はまだしも、高濃度の放射能がれきは薄めて捨てるわけにもいくまい。今後建屋や原子炉、高濃度汚染水処理で出た超高濃度放射性汚泥、メルトダウンした燃料そのものも議論になる。「工程表」には書かれていないが、けっして先送りできない問題だけに「トイレのない家」論がここ一年以内に一気にクローズアップされる。

 他にも遠からず物理的に原発を止めざるを得なくなる理由。

1)福1での被曝で原発作業員が不足し、他の原発での点検作業ができなくなる。
2)六ヶ所再処理工場が稼働できず使用済み核燃料を保管する各原発の燃料プールが満杯になる。

 いずれも、安全神話の陰に隠されてきた闇の世界があらわになっただけだ。さてもやっかいなものをつくってしまったものだ。この上、まだ電力の安定供給のために原発は必要不可欠ですというやつの精神構造が理解できない。
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by greenerworld | 2011-07-02 21:30 | 3.11後の世界  

R399を飯舘から浪江に

 先週は23日夜、日大の糸長教授、兵庫県立医大の振津かつみ医師らと飯舘村で負げねど飯舘の皆さんと打ち合わせ。24日は山形県小国町に行く予定だったが豪雨で中止になってしまったため、放射線量調査に加わることにした。

 3月29日に今中チームで行った調査の計測コースをGPSでたどり、同じ場所の空間線量率を、同じ線量率計(アロカPDR101)で計測して記録していく。もちろん、その後の放出のことを考えても、少なくともヨウ素131はほぼ消えているので、3月の数値に比べればかなり下がっているのだが、それでも低いところで毎時2マイクロシーベルト前後、汚染のひどかった南部ではまだ毎時10マイクロシーベルトを超えるところが出てくる。3月に毎時30マイクロシーベルト超だった長泥曲田の牧草地は、今回約毎時16マイクロシーベルトであった。

 その後、国道399号線を長泥交差点から浪江町津島地区へ向かって南下した。文科省などの汚染マップで、浪江町赤宇木から下津島にかけてが原発近傍を除いて最も汚染がひどい。この地区から飯舘にかけての汚染の濃淡が知りたかったのだが、町村境の山に差しかかるあたりからどんどんサーベイメーターの数値が上がり始めた。車内(車外の7~8割に減衰)でも毎時10マイクロシーベルトを超え、浪江に入ってすぐの林内でとうとう16マイクロシーベルトに達した。車外に出て計るとPDR101は19.99を表示、このサーベイメーターではこれが計測限界だ。一瞬、3月にタイムスリップしたかのような感覚に陥った。

 糸長教授が持ってきたGM計測器で計ると、草地の上で毎時50マイクロシーベルトという値を表示した。今回の汚染ではこのGM計測器がシンチレーション計測器の1.4倍程度高く出るとされているので、その分を補正しても毎時30マイクロシーベルトを軽く超えていそうだ。3月15~16日にあったフォールアウト(降下)からすでに100日経過しており、先述のようにヨウ素131などの短寿命の放射性物質はほぼ消えているのだ。ピーク時には毎時数百マイクロシーベルトあったのではなかろうか。

 しかし峠を越えて下っていくと線量率計の値は下がりだし、毎時10マイクロシーベルトを下回るようになった(それでも恐ろしく高いが)。こうしてみるとあの峠のあたりは「ホットスポット中のホットスポット」と言えるのかもしれない。20km圏内は立ち入り禁止であるが、計画的避難区域は一般の車両も入ることができる。今回も(警視庁の)パトロールカーに何度か遭遇したが、停止させられることもなく通行できた。しかし、細かく見ていくと恐ろしいほど汚染された場所が20km圏外にもある。文科省や防衛省などが原発周辺地域の線量率を毎日移動計測しており、今回のポイントはその計測ルートにあたるので、少なくとも彼らは認識しているだろう。それ以外に山林など、これまで計測できていない場所にもそうしたスーパーホットスポットがあるにちがいない。

 下津島はあのダッシュ村があった場所である。飯舘村からいわきにかけて阿武隈山地を縦断する国道399号は、のどかな山里の風景をつないでいく、大好きな道だった。それがいまや「放射能街道」になってしまったのだ。沿道では雑草が勢いを増して田畑やひとけのない民家を覆いはじめていた。ここで暮らしを営んできた人たちのことを思うと悔しいという一言ではとても言い表せない(写真は飯舘村長泥地区。田畑や家々を覆い隠す夏草)。
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by greenerworld | 2011-06-28 19:47 | 3.11後の世界  

遅い春から夏へ─飯舘村の自然

 いつも飯舘村に行く時は散策したり自然観察したりする余裕もない。いつかゆっくりと動植物を見てみたいものだと思いながら、こんなことになってしまい、別の意味でしっかりと自然を見ておかなければいけないと考えるようになった。
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 前回と今回の訪問では、小宮地区にある「いいたてふぁーむ」に泊めていただいた。ここはより福島第一原発に近く、まだ空間線量が高い。標高は500mくらいで、生き物の世界は春と初夏がいっぺんに訪れているという感じである。ウグイスとホトトギスの鳴き声で目覚め、外に出るとひらひらと飛んでいたのはウスバシロチョウだった(写真上)。東京郊外の山地ではゴールデンウィークのころに見られるので、ちょうど一月遅い。今年は見逃していたウスバシロチョウがここで見られるとは思わなかった。庭にはハナショウブとサクラソウが並んで咲き、梅の実はまだ小さかった。

 いつもの年なら、山あいの田んぼには水があふれ、少し心細げな早苗が風に揺れている時期だろう。しかし、今年は田植えができず、荒起こしのまま雑草が生えだしている。畦畔の斜面に取り付いて草を刈る人を何人か見かけた。たとえ放射能があっても、草を生やしたままにはしておけないのが農家の心情だ。

 いいたてふぁーむのIさんは「生き物のために」と休作する田んぼに水を張った。あぜではシュレーゲルアオガエルがコロコロコロ・・・と鳴き交わしていた。このカエルは田んぼに水が入るとやってきて、水際の土の中に泡に包まれた卵を産む。穴の中にいるので声はすれども姿は見えない。オタマジャクシは孵ると水の中に落ち、育つ。そろそろモリアオガエルも産卵に来るという。

 林にはヤマボウシの白い花が目立つ。遅い春から一足飛びに山滴る夏へと、季節はめぐっていく。しかし人の営みがそこから消えている。ひっそりとした村を走るパトロールカーには「三重県警」の文字があった。
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by greenerworld | 2011-06-07 08:11 | 3.11後の世界  

飯舘村再訪と今中先生の講演会

 6月4日、5日の両日、福島県飯舘村に一月振りに行ってきました。京大原子炉実験所の今中哲二助教、広島大学の遠藤暁准教授と一緒です。お二人は3月末の調査依頼の再訪です。

 今回は放射能汚染調査についての論文が岩波の『科学』6月号に掲載されたので、協力いただいた村にその報告をすることと、村民の皆さんに今中先生から調査結果、さらに今回の事故とチェルノブイリとの比較、放射線の影響などについてのお話をしていただくこと、それとフォローの調査が目的です。

 すでに計画的避難が進んでいて、8割は避難済みまたは避難先が決定済みとのことで、村内に残っている方が少なく、陽だまりの家での集会の参加者はあまり多くありませんでしたが、参加された方には有意義なお話が聞けたと思います。あらてめて内容についてはこのブログまたは「負げねど飯舘」サイトの方で紹介できるとおもいますが、取り急ぎ印象に残ったお話だけ箇条書きにしておきます。

 1)チェルノブイリの時は水蒸気爆発で核燃料そのものが吹き飛んだ。そのため放出された核種の種類が多い。今回の福島では、揮発性の物質が中心で核種の種類はあまり多くない。プルトニウムも出てはいるが、それほど遠くまでは飛んでいないし量も微量。

 2)チェルノブイリは内陸だったが福島は東半分が海。陸上に降った放射能の量はチェルノブイリに比べて少ないが、海の方にどう流れていったかはわからない。

 3)放射性セシウムの137(半減期30年)と134(半減期2年)の比率が、チェルノブイリでは2:1で137が多かったが、今回はほぼ1:1。

 4)ほぼ3か月たってヨウ素131はほとんど放射能がなくなっているので、今後問題になってくるのはセシウム。空間線量はチェルノブイリよりは早く減るだろう。

 5)今後住宅一軒一軒を含めて全体の細かい汚染レベルを把握すべき。

 6)健康リスクについてはよくわからない部分はなるべく危ない方に考えておくのがリスクマネジメントの考え方。とくに行政はそういう対応が必要。

 「きちんと調査をしなければそれはなかったことと同じになってしまう」という言葉に、科学者としての責任感を感じました。
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by greenerworld | 2011-06-06 20:38 | 3.11後の世界  

原子力は安全という虚構の果てに無法状態が続いている

 国会議員は何をしているのだろうか。被災地に短時間顔を出してパフォーマンスはするものの、肝心の国会ではほとんど動いていないではないか。

 今回の福島第一は事故ではなく事件、災害ではなく犯罪だと思っている。東電はコストを優先し安全対策を怠り、これまでに繰り返してきたと同様に事故隠しをした。その結果初期対応を誤り汚染を拡大させた。政府はパニックを誘発させないという理由で汚染を隠し、しなくても済んだ被曝を住民に強いた。

 原発は絶対安全という虚構によって、原子力災害対策には、これほど大規模で広範囲の放射能汚染に対処する法的な枠組みがない。その虚構の果てに生じた無法状態が続いている。

 環境省も厚労省も「原子力」の壁に手が出せない。除去された汚染土壌は放射性廃棄物なのに処分は宙に浮いている。地域全体が放射線管理区域の10倍もの線量なのに、そこにある職場で労働者が働いていいという。食品安全基準が守れなくなれば、基準を上げてしまう。セシウムをたっぷり含んだ汚泥がいつの間にかセメントに混ぜられている。無法状態の中で「特例」がまかり通っていく。

 一体、これが法治国家と言えるのだろうか。法がなければ作るのが立法府の役目だろう。せめて法で歯止めをかけておかないと国民の健康と安全と財産はどこまでも侵害される。国会議員は英語でローメイカーという。ローメイカーなら大至急法律を作ってこの無法状態を脱してほしい。事件はまだ続いている。今もそこで被曝し続けている人がいるのだ。
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by greenerworld | 2011-05-20 13:41 | 3.11後の世界  

山下俊一長崎大学教授の牽強付会

 福島県放射線健康リスクアドバイザーである長崎大学教授山下俊一氏が、県内で年間100mSv以下の低量被曝は健康に影響ないと話しているが、その根拠は確率論の都合の良い解釈だと、「読む・考える・書く」というブログサイトが指摘している。

 同ブログによると、週刊朝日4月22日号の鎌田實氏との対談の中で、山下氏は次のように語っている。

「僕はそれにあえて「大丈夫だ」と言うわけですよ。理由は、1回、100ミリシーベルト浴びると、細胞には傷が100個できます。1ミリシーベルト受けると細胞の傷が1個できます。1個の傷は体がすぐ治します。100個の傷はときどきエラーが起こる」(ブログ子注:「細胞」というのは細胞内の遺伝子のことと思われる)

 これに対して「読む・考える・書く」は、エラーが起こるかどうかは確率的な問題であって、「(1人が100ミリシーベルトを浴びて細胞にできた)100個の傷でときどきエラーが起こるというなら、1ミリシーベルトを浴びた100人の誰かにも、ときどきエラーが起こるはずだ」と指摘する。結論から先に言えば、これは全く正しい。そもそも、ICRPは100ミリシーベルト以下について確率的影響説を取っているのであり、これは山下氏も認めているのだ。にもかかわらず、1ミリシーベルトを浴びた場合の傷はたった1個だから、人間はすぐに直してしまうと言う。だから大丈夫なのだと。全く矛盾しているではないか。

 確率論を理解しないで言っているなら、科学者とはとても言えないし、もし知っていてごまかしているなら、悪質である。そもそも100ミリシーベルト以下が大丈夫というならば、人間は遺伝子が受けた傷を1度に99個までは治せるということになる。100個ならときどきエラーが起こるが99個なら起きないのか、それとも直せるのか、問題がないというのも面妖である。

 1ミリシーベルトで傷が1個という根拠も聞きたいのだが、次の山下氏の講演会があったらどなたか質問していただけないだろうか。
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by greenerworld | 2011-05-09 16:54 | 3.11後の世界  

点で面の安全は語れない:マイクロホットスポット

 「点で面を語る」これは往々にして陥りがちな過ちだ。取材でも当事者全てに話を聞くことはできない。被災地に入ってたまたま1人に「××が足りない」と聞き、被災地では「××が不足している」と伝えると、誤った情報になることもある。もちろんどうしたって全てのデータは網羅できない。だから科学的には一定のサンプルを取って、さまざまな手法を使い、点で「面を語らせる」努力をする。しかし、それでも実態を伝えきれない限界がある。

 ましてや、福島県の学校の土壌調査や放射線量調査は、学校の敷地内のさらに小さな点で行った調査である。この場合、被曝を防ぐために必要なのは実際に子どもたちが生活し遊ぶ場として、彼らの行動パターンも考慮し、きめ細かく汚染度を把握することだ。どこか1点の数字で全体の安全を主張するのはそもそも間違っている。

 私が実際に福島県内のあるお宅で調べた時には、敷地内でも放射線量に大きなばらつきがあった。屋根から雨水が滴る場所は、他よりかなり高い。雨水の集まる側溝も同様だ。最も高かったのは雨樋からの雨水を浸透させている花壇で、驚くくらいの数値だった。

 福島市内で調べられた例では、すべり台の下(すべり降りてきて足を着く場所)も高かったという。校庭の自転車置き場や遊具・運動具を入れる小屋の回りなども雨だれが滴り高くなっている可能性が高い。

 こうした「マイクロホットスポット」が、敷地内にもたくさんある。もちろん面積は狭くそこから離れれば線量は下がる。しかし子どもたちが比較的長く居続ける場所で、線量が高くなっている場所が確実にあるはずだ。子ども目線で、彼らの行動パターンに合わせて、きめ細かい調査をした上で、年間被曝量を見積もらなければならない。その上で初めて安全性に関する議論ができるし、被曝量を減らす対策をとることができる。

 この問題に関して、文科省や県は、まず点で面を語ることをやめるべきだが、このままでは彼らは動かないだろう。としたら自衛するしかない。学校敷地内の線量調査を進める市民グループの詳細な調査を期待したい。データを示して文科省や県を突き崩そう。
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by greenerworld | 2011-05-07 16:42 | 3.11後の世界  

児童を守る橘小学校の気概

 独自の放射線量率測定値を学校サイトに掲載していて、文科省から止められた郡山市立橘小学校。それを黙って中止するのでなく、その経緯をサイトに載せた。しかも独自計測は続け、学校便りで保護者に知らせている。学校便りのpdfファイルはサイトに掲載するので、リアルタイムではないが、事実上公開を続けるということである。痛快痛快。

 文科省の役人には、元々お前らの給料の半分(今は1/3だが)は国が(ほんとは国民の税金から)出しているんだ、現場の教師が国を差し置いて勝手なことするんじゃない、という意識がある。郡山への圧力は汚染隠しもさることながら、文部官僚の根深い現場蔑視が根にあると思う。しかし、彼らが子供たちのことを真剣に考えているとはとうてい思えない。

 橘小では、校舎の洗浄を行い、連休中に校庭の汚染土の除去も行ったという。子どもたちの安全と健康を守ることが学校の使命だとすれば、当たり前のことをやっているに過ぎないのだが、国や県はその逆のことばかりし、邪魔をする。ブログ子は、この学校の姿勢を強く支持する。

 郡山市立橘小学校ホームページ
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by greenerworld | 2011-05-06 00:05 | 3.11後の世界