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カテゴリ:3.11後の世界( 38 )

 

福島県飯舘村に行ってきます

 申し訳ありません。なかなかエネルギー効率化について書くことができません。

f0030644_10415759.jpg 実は、28日(月)から福島県飯舘村に2日間入ることになりました。飯舘村はこの東電福島第一原発の北西30〜40km圏にあり、今回の事故で屋内退避勧告の出た20〜30km圏に南東部が一部かかっています。しかし、15〜16日にかけて、放射線量が急上昇し、原発隣接地域を除くと、最も高い値となりました。左は朝日新聞のつくった図ですが、15日と16日に原発敷地内の放射線量がピークとなっています。15日は2号機で爆発があり、圧力抑制プールが損傷したといわれた日、16日は4号機で出火、3号機で白煙が上がった日でです。

 15日から16日朝にかけては現地では南東方向から風が吹いていました。しかも夕方から朝にかけてまとまった量の降雪があったそうです。風によって運ばれた放射性物質が、この降雪に付着して地上に降り注いだ可能性が高いと思われます。このことによって、飯舘村はほとんどが30km圏外にもかかわらず、放射能汚染のホットスポットとなってしまいました。このことは3月23日に発表された「緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム(SPEEDI)」の予測図でも裏付けられています。

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 SPEEDIによるシミュレーションは、もっと早くからできていたはずです。それにもかかわらず1週間もたってから発表されたのは、隠していたと勘ぐられても仕方ないでしょう。この図を公表すれば、単純な同心円の避難勧告や屋内退避勧告が全く無意味だと言うことがわかってしまうからです。

 飯舘村では、放射線量率はもちろん、水道水のヨウ素値も基準の3倍が検出されたり(その後低下してきています)、土壌中のセシウム137の値が「チェルノブイリの強制移住地域レベルの数倍」といわれるほど高い値が検出されています。土壌調査は文科省がサンプリングし持ち帰ったものですが、この数値に関して国や県から村には一切報告がありませんでしたし、もちろんこのことに関するアドバイスも何もありません。

 その一方で県は「放射線健康リスク管理アドバイザー」に雇った長崎大学の山下俊一教授らを自治体に派遣して、不安解消を図っています。飯舘村にやってきた同大の高村昇教授は、この程度なら「安全」、「心配ない」を振りまいて帰ったそうです。

 なぜこんなに放射能が高い状況で、村民は避難しないのか、すぐに全村避難すべきだという声もネットには出ています。実際子どもたちを中心に村民の半数程度は村外にいったん避難したのです(一部が栃木県鹿沼市に集団でお世話になっています)。しかし、その後村に戻ってきた人も多くいると聞いています。

 私もこれまで何度も訪れていますが、阿武隈山地のなだらかな山々に囲まれ、本当にほっとできるような村なのです。村は合併を選択せず、自立を目指して村づくりを進めてきました。飯舘牛というブランド牛も育ててきました。バイオマスエネルギーの地産地消を目指すプロジェクトも動き始めていました。村民も村づくりに自信を深めてきていたところだったのです。

 誰だって生まれ育ち、暮らしを営んでいる地を好きこのんで離れたくはありません。できればこの地で暮らし続けたい、しかし、心の中は目に見えない放射性物質の存在に、不安でたまらないのです。ですから、離れたところにいる人が、なぜ逃げないのだとか、早く逃げた方がいいとか、軽々しく言うべきではないと思います。

 結局その不安を和らげてくれるのは、「安全だ」「安心だ」という言葉です。国や県はその心理につけ込んで、押さえ込みにかかっているのではという気さえします。しかし適確な情報すら示さない国や県に、これ以上まかせておく訳にはいきません。

 今回は、京都大学原子炉実験所の今中哲二助教らの調査に同行します。国や県が動いてくれない中、自発的に調査に動いていただきました。客観的なデータと適確なアドバイスがいただけることを期待しています。

 14日以来今日までの、村役場付近で観測された放射線量を積算すると5mシーベルトにも達しています。積み上げてきた飯舘村民の営みが、地域社会が理不尽にも奪われようとしています。飯舘村後方支援チームでは、飯舘村への義援金も募っています。また村からの状況報告もここで読むことができます。

 http://www.ecology-archiscape.org/
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by greenerworld | 2011-03-27 10:44 | 3.11後の世界  

“原発後”の世界に向けて その5

 エネルギー効率の話を続いて書くはずでしたが、寄り道をします。

 今回の事故に関して、「最初から原子炉に海水注入をしていればここまで深刻な事態にならなかった。東電は原子炉の延命を考えて、海水注入をしなかった」という見方や、あるいは「米軍の支援要請を東電が断った」という記事が出ています(東電は否定)。事の真偽は今後明らかにすべきですが、こうしたことは十分にあり得たことだと、ブログ子は考えます。

 原子力に関しても、オール電化推進に関しても、電力業界は一枚岩です。かつては社内や関連研究所などに原子力に関して問題意識や疑念を抱くような社員もいたそうです。しかしそうした“異質な”社員は排除され、新規採用にあたっても、出身研究室、身内や交友関係に反原発の考えを持った人物がいないかどうかなど慎重に身辺調査や“思想”調査がされてきたと聞いています。東電を筆頭に電力会社の社員は極めてプライドが高い。同時に会社に対する忠誠心も高い。そうした“一社懸命”な忠誠心はまた、社会に危害を与えることが往々にしてあります。事故後も東電は重要な情報を隠してきました。この期に及んでもこうした体質は全く改まることはありません。

■企業における“多様性”とは

 ブログ子は生き物が元々のフィールドなので、生態系や生物多様性に長く関心を持ってきました。拙い理解ではありますが、生物多様性とは幾重にも準備された“代替性”と見ることもできます。環境の変化に対して復元力の高い安定した生態系は、必ずこうした代替性を備えています。それは、遺伝子レベルであったり、種レベルであったり、機能レベルであったりといろいろですが、個々には死んだり種が置き換わったりということはあっても、全体としてはまとまりのある生態系を維持できるのです。

 最近CSR(企業の社会的責任)の中で言われるようになったのがその「多様性」という言葉です。一般には、社内に、性別・障碍・人種・国籍・宗教などの違いを認めていこうということで理解されているようです。しかし、ブログ子はもう一つ重要なファクターとして、異なる考え方や志向を社内に認め合うことが必要だと思っているのです。

 もともと経営管理の理想型は軍隊でしょう。トップの命令一下、余計なことは考えずに規律正しく働くのが最も効率よくコストもかからないかもしれない。しかし、社員皆が一色に染まれば、リスクをリスクとして認識することなく、社に破滅をもたらすことすらあります。立ち止まって考えたり、別の方向を模索するためには、考え方や志向の多様性が必要です。一見効率の悪いことが長い目で見れば利益になるのです。

 かつての日本帝国軍が日本中の思想を一色に染め、勝算なき戦争に突き進んだように、戦後の日本は官民挙げて原子力を礼賛し、原発立国を目指してきました。その中で電力業界はほとんど異論を許さない、生態学的に見ればひ弱な体制を築き上げてきました。それが組織を破滅させるだけならいいのですが、社会をも破滅させかねない状況にいま陥っています。

 その意味でも、東電福島第一原発事故は第二の敗戦なのです。(続く)
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by greenerworld | 2011-03-26 09:19 | 3.11後の世界  

“原発後”の世界に向けて その4

■2050年までに自然エネルギー100%の日本を

 原子力資料情報室のページに「なぜ『脱原発』か」と題する共同代表の西尾漠さんの文章が掲載されています。2000年に書かれた文章とのことですが、今回の事態は起こるべくして起こったことだと今さらながら痛感すると同時に、こうした警告に耳を貸そうとせず今回の事態を招いた政府・電力業界にあらためて強い怒りを覚えました。

「なぜ『脱原発』か」
http://www.cnic.jp/modules/about/article.php?id=15
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 2005年に、藤井石根明治大学名誉教授が座長になり『2050年 自然エネルギー100%』(フォーラム平和・人権・環境編、時潮社刊)という本をまとめました。先の西尾漠さんやブログ子(小澤)も共同執筆に加わりました。この本の中では、タイトル通り2050年までに原子力も化石燃料も使わないで、国内で得られる再生可能(自然)エネルギーだけでまかなえる社会をつくる、という目標の下、風力・水力・太陽光(熱)・バイオマスなどの再生可能エネルギーの利用可能性を、専門家の皆さんとともに議論し、シミュレーションしました。原発に関しては設計寿命が来たものから順次廃炉し2030年に全廃、さらに化石エネルギーからも2050年までには脱却するというシナリオです。結論から言えば、それは可能であるということになりました。もちろん人口の減少、ということも加味してあります。ただそれ以上に大きいのが、エネルギー効率を高め、投入エネルギー(一次エネルギー)を大幅に減らすということです。

■原発のない未来を描く

 2003年に『コミュニティエネルギーの時代へ』(岩波書店)という本を書くために、ドイツとデンマークを訪れました。いずれも風力発電を始め再生可能エネルギーの導入で先進的な国です。ドイツ南部のフライブルクは、「ソーラーシティ」という別名を戴くほど太陽エネルギーの利用やビジネスがすでに盛んでした。フライブルク市の環境部長にインタビューすると「この町ではわれわれがやることはあまりない。なんでも市民が率先してやってしまうから」と笑っていたのを思い出します。
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 そのフライブルクが再生可能エネルギー利用に舵を切ったのは、近くにあるヴィールという村に原子力発電所の計画が持ち上がったことがきっかけだといいます。その計画は市民の根強い反対運動により撤回されるわけですが、フライブルク市民たちは原発のない未来に向けて、地域のエネルギーの将来を真剣に考え始めました。というのも、フライブルクはフランス国境に近い町で、フランスから原子力による電気が送られてきていたからです。

 一方のデンマークは、70年代初めの石油ショックをきっかけに原子力の導入を進めようとした当時の政府に対して、環境NGOが原子力のないエネルギーの将来計画「代替エネルギー計画76」を提案、それがデンマーク国民の広汎な支持を得て、原子力導入計画は見送られました。

 奇しくも、再生可能エネルギーの先進地は脱原発の先進地であったわけです。

■カギはエネルギーの効率的利用

 さて先のフライブルクの環境部長さんが見せてくれたのは、同市のエネルギー政策の「3本の柱」でした。それは、エネルギーの効率、省エネルギー、再生可能エネルギーの導入、です。エネルギーの効率化と省エネルギーは混同されることもありますが、ここでは、はっきり区別されています。省エネルギーはあくまで使う場面でのエネルギー消費削減であり、白熱電球を電球型蛍光灯やLEDに替えたり、建物の断熱性を高めたり、あるいはコンセントを抜いたりすることがそれに当たります。

 これに対してエネルギー効率化とはエネルギー変換(発電など)や輸送時における損失を減らすことです。前回述べたように、現在の発電システムでは大量の熱を環境中にムダに放出するばかりか、熱汚染をもたらしています。また遠距離を昇圧・降圧を繰り返しながら送電することによる損失があります。しかし、今発電所で捨てられている熱は、まだまだ十分に使えるものなのです。

 家庭やオフィスで使う熱の最も大きな用途は給湯や冷暖房です。これはたかだか50℃あればすみます。80〜90℃もあれば、吸収式冷温水機という装置で冷水をつくることもでき、夏も冬も空調に使えます。発電をしながら、そこで出てくる廃熱を利用する──むしろ熱利用しながら発電するといった方が正確かもしれません──しくみをコジェネレーションシステムと呼んでいます。

 こうした使い方をすれば、極端な話、エネルギー投入量(一次エネルギー)は半分以下ですみます(下図参照)。電気には電気にしかできないことをやらせればいいのです。むしろここにこそ、エネルギー消費削減の大きなカギがあることがわかると思います。こんなことを書くとエネファームを売りたいガス会社の回し者かと思われるかもしれませんが、そんなことはありません。理由は次回。(続く)
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出典:『コミュニティエネルギーの時代へ』(小澤祥司、岩波書店)
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by greenerworld | 2011-03-23 22:01 | 3.11後の世界  

“原発後”の世界に向けて その3

■小規模分散型システムに抵抗してきた電力業界

 首都圏の計画停電もが今夏のみならず、今冬も続くということです。ようやく東電は火力発電所の状況を公表しました。原子力発電のバックアップとして用意されている火力発電と水力発電の設備容量は、フル操業すれば原発なしでもほぼ電力需要をまかなえるほどあります。しかし、今回はその一部が地震や津波で損壊しているということなので、残念ながら時期によっては不足するおそれがあるのは事実なのでしょう。しかし、この時期に中期的な停電の可能性まで言及するのは、原発延命のための一種の脅しのように思えてなりません。問題は夏場と冬場の電力需要ピークに発電容量が足りなくなることで、そのしのぎ方をとりあえず考える必要はありますし、数か月〜1年間は何かと不自由するにしても、小回りが利き設置に時間もかからないガスタービン発電機を至急導入すればいいと思います。しかしそうすると設備容量が足りてしまう、つまり原発不要論に結びつくことを彼らは怖れているのでしょう。

 電力会社は「電気を大切に」といいながら、電気を大量に使わせる“オール電化”を進めてきました。それが結果的に夏期と冬期の電力ピークを生み、停電の可能性を高める原因となっています。

 電力業界は電力自由化にも強硬に反対し、結局完全自由化は見送られました。かつてマイクログリッドというシステムが注目されたときも、この導入・普及に抵抗しました。マイクログリッドとは、小型~中型の発電機や燃料電池・太陽光・風力など、地域の分散型電源をネットワーク化しITで制御、ナショナルグリッド(国家あるいは電力会社レベル送配電網)のマイクロ版を構築する考えです。2000年代の中ごろNEDOの実証実験が行われましたが、いずれも中途半端なまま、事実上失敗に終わりました。

 マイクログリッドの弱点は、バックアップにあります。再生可能エネルギーのような不安定電源を抱えたり、点検や故障などもあったりして、一時的にどうしても電力容量が足りない場合、ナショナルグリッドから、あるいはナショナルグリッドを経由してのバックアップを受ける必要があります。先の実証実験では、電力会社はマイクログリッドの自社電源への接続を認めず、独立で運用せざるを得なかったり、別々の発電所をネットでつなぎ、発電容量と需要を仮想的に運用したりするしかありませんでした。当時電力の自由化論議が進んでおり、マイクログリッドが進むことで市場を奪われることを怖れた電力会社が導入に抵抗した、卑近な言葉でいえば邪魔をした、とブログ子は見ています。マイクログリッド熱はその後急速に冷めました。電力会社としてはしてやったりだったでしょう。

 電力市場も受電容量50kWまでは自由化されたので、学校や事業所、公共施設に電力を売る事業が出てきてもいいものですが、これが進みません。設備コストの問題に加え、バックアップ時には電力会社から割高な電力を買わなければならないことも理由になっています。

■大規模集中型電力システムの脆弱さ

 原発では原子炉内で核分裂反応を制御しながら、約300℃で水を熱し、蒸気を発生させます。その蒸気をタービンに吹き付け、復水器で蒸気を冷却して水に戻します。タービンの回転を発電機に伝えて電気を作っているわけです。核分裂を熱源にしてはいますがやっていることは古典的なランキンサイクル発電で、発電効率はカルノー効率の限界から最大35%程度です。発生した熱エネルギーの過半は大量の温排水となって海を温めています。

 原子力の魅力、いや魔力は、重量当たりにして天然ガスや石油の5〜6万倍にも及ぶその膨大なエネルギー密度にあります。しかしエネルギー密度が高ければ高いほどそれが暴発したときの被害は大きくなります。そのことを今回の福島第一原発事故で私たちはまざまざと思い知らされることになりました。

 よく再生可能エネルギーを否定する人たちは、不安定だ、お天気まかせで使えないといいますが、原子力は暴走すれば手がつけられなくなり破滅をもたらします。それならば、使いにくい再生可能エネルギーをうまく使えるように工夫すればいいだけの話で、原子力を推進するための悪質な方便に過ぎません。再生可能エネルギーに効率のよいガス焚きや石油焚きのタービン・エンジン発電機を組み合わせ、需要と再生可能エネルギーの発電状況に合わせてこまめに追随運転していくことは、現在の技術ではそれほど難しいことではありません。事実デンマークでは発電電力量の20%が風力からのものです。平均ですから時間帯によってはもっと高くなるわけです。同国では出力一定で運転する石炭火力をベースに、小回りの利く火力電源を組み合わせ、天候予測と需要予測に応じて追随運転させて、需給をマッチングさせています。実は日本の電力会社も需要に合わせてこうしたこまめな運用を、原発をベースにしながらバックアップの火力発電を使って行っているのです。その技術には十分に誇るべきものがあると思っています。

 しかし、大規模システムに頼っていると、今回のように発電所のある地域が大規模に被災した場合、一気に電力不足に陥ります。需要に対して発電容量が足りなくなると、供給地域全体が一斉停電になるおそれがあります。しかし、分散型電源やマイクログリッドのような分散型電力システムの導入が進んでいれば、少なくともここまで混乱することはなかったかもしれません。公共施設や事業所、学校単位でシステムを持っていれば、停電の間も照明や通信機能などもある程度維持できたはずです。

 しかも大規模システムの欠点は、エネルギー効率が極めて悪いことです。先ほど書いたように、原子力はあんな危険なものを燃料にしながら熱の3分の2を捨てているのですから。最も効率のよいのは、ガスタービンの冷却熱からさらに蒸気を作り蒸気タービンを回すコンバインドサイクル(CC)という発電システムですが、それでも45~50%程度。全体を平均して40%未満で、送電・変電時のロスを考えると電力として需用者に届くのは、投入エネルギーの3分の1だと考えればいいでしょう。電力とは、これほどエネルギーを浪費しながら送られてくるものなのです。ここに今後のエネルギーシステムを考えるカギがあるので、このことについては、後で詳しく説明します。

 その2で書いたように、電力行政と電力会社は一蓮托生です。最近、資源エネルギー庁長官が東京電力に顧問で天下りましたが、逆に電力会社から資源エネ庁への出向も当然あるわけで、彼らは一体的に電力利権を牛耳っています。その利権を守るために政治家も使えば御用学者、御用タレントも使うわけです。原発を賛美していたこれらの御用学者や御用タレントが、今後どういう言動をするのか、注意深く見ていたいと思います。(続く)
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by greenerworld | 2011-03-22 15:09 | 3.11後の世界  

“原発後”の世界へ向けて その2

 福島第一原発では、危機的な状況がまだ続いています。「その1」で書いたように、避難地域の周辺でも、最悪の場合を想定して集団避難するところが出てきました。正確な情報を出さずただ安全というばかりの国はもはや何の頼りにもならない状況で、自治体が自主的に判断せざるを得ない状況になっています。それを受け入れる自治体もまたあり、図らずも上意下達・先例主義が崩れ、新しい自治が始まるのかもしれないとも思い始めています。もちろん状況は切迫しています。病院や養護老人ホームのような施設では避難が難しく、また避難地域に「火事場泥棒」が出没しているなど許し難い事態も発生しています。とまれ、切迫した状況の中で、地域は情報や支援がない中ぎりぎりの判断を迫られています。国家とは、平時は統治し非常時は見捨てるものなのだと思わずにはいられません。

 戦後のエネルギー体制と戦前の軍国体制はよく似ています。戦前の軍国体制は無謀な戦争に突き進み、戦後のエネルギー体制は危険な原子力政策を推進しました。そしてどちらも破局を迎えました。実は、敗戦で解体され出直したはずの軍事体制の中で、電力体制だけは生き残ったのです。

 沖縄電力を除く9電力の地域独占は、日中戦争さなかの1938年に電力管理法・日本発送電会社法が成立、全国の発電会社と送電会社を一本化し「日本発送電会社」という国策会社が誕生したことに始まります(あまり知られていないことですが、それまでは電力の売買は基本的に自由でした)。41年には配電会社が地域ごとに9社に統合されました。電力管理法によって設けられた電気庁が電力供給計画をつくり販売価格を決め、それにしたがって日本発送電と地域ごとに縦割りにされた9配電会社が事業を行うというしくみでした。こうして電力、エネルギーは完全に国家(実質的には軍)の管理化におかれ、戦時体制下に組み込まれました。

 敗戦後独占企業であった日本発送電は解体され、配電会社の地域割りを元に民営化された9電力会社が発電から配電までを一貫して行う地域独占体制に変わりました。一方、電気庁はその後電力局となって逓信省、軍需省、戦後には商工省、通商産業省と所管が移り、73年に誕生した資源エネルギー庁へと引き継がれています。このように体制や名称は変わりましたが、エネルギー政策を決定し、それを実行する一連のプロセスはいまだ戦時体制を引きずっているとしか思えません。情報(戦況)を隠し、安全と恩恵(戦果)を強調する──今回の福島第一原発の事故に至るプロセスを見るとつくづくそう思います。

 この大きな不幸をきっかけに、私たちはエネルギー政策の真の民主化を目指さなければなりません。戦後電力体制の象徴とも言える東京電力の解体が現実的なものになってきた今、その瓦礫の中から電力体制の「戦後」を築き上げる必要があると思っています。まずは制御が利かず利権・隠蔽主義を生みやすい巨大な電力システムから、分散型で効率のよい民主的な「コミュニティエネルギーシステム」への転換を進めましょう。(続く)

                      2011年3月21日 小澤祥司
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by greenerworld | 2011-03-21 10:40 | 3.11後の世界  

浜岡原発は止められる

 静岡市で脱原発の活動を続けるグループが、今回の東北関東大震災で危機的な状況に陥っている福島第一原発以上に、危険な場所に立地している浜岡原発の運転停止を求めてネット署名を集めたところ、3日間で2万7000もの賛同があった。そのことをツイッターで紹介したら「浜岡の代替案はあるのか」というリプライが来た。

 代替案というのは、短〜長期的にいくつかの段階に分けて考えなくてはならないが、短期的に見ても、浜岡原発を今すぐ止めてもなんら問題はないとブログ氏は考える。中部電力の資料によれば、電力量構成比に占める原子力の割合は14%程度(09年度)で、もともと東京電力(28%)や関西電力(45%)に比べ小さい。設備容量でいえば、全体の11%である。

 中部電力管内のピーク電力は近年最も大きいのは08年の2821万kWだが、2009年は冷夏と不況の影響で2433万kWである。中部電力は火力発電だけで2400万kWの設備容量を持ち、水力発電と合わせると2500万kWあるので、2009年ピークであれば原発なしでもぎりぎり何とか乗り切れることになる。08年のピークであっても、夏期に一時的に供給不足が生じるおそれがあるということで、この時期の徹底的な省エネと、工場の輪番操業停止(休業)などで当面はしのげるはずだ。

 数年単位では、天然ガス焚き発電設備を導入するのがいいだろう。ガスタービンなら100万kW級でも、突貫工事で半年〜1年で設置できる。既存火力発電所内か新設で300~400万kW分を増設、並行して事業所単位で、数十~数百kWのガスエンジン・ガスタービン発電を、できればコージェネレーションシステムとして導入する。100kWの設備を1万基導入すれば100万kW。もちろん、これではCO2排出が増えてしまう可能性がある。本質的には、エネルギーシステムのシフトを考える必要があるのだが、そのことについてはまたこのあと書く。

 それでも1〜2年間は夏場に地域的な停電が起こることはありうると思う。暑い夏にエアコンを使えないのはつらいかもしれない。しかし浜岡原発は、近い将来間違いなく発生する東海地震の想定震源域の中心に立地する。東海地震では大規模な津波発生も予想されており、遠浅の遠州灘の海岸に立地する同原発への被害は福島第一以上と考えられる。破滅的な原発災害を受けるよりは、多少不自由でもそれを耐え、原発に頼らない安心できる社会を築き直した方がずっといいと思うのだが。

 まず止めよう。それから議論しよう。今中部電力管内の人たちはその準備ができていると思う。

 中部電力にとっても、浜岡原発は大きなリスクです。安全対策にこれからどれだけコストがかかるか見当もつきません。大事故が起これば会社が潰れます。もはやお荷物以外の何者でもないでしょう。今のうちにやめておいた方がいい。営利企業ならメンツは捨て、実利を取ることが大事だと思います(赤字部分3月24日加筆)。
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by greenerworld | 2011-03-20 23:30 | 3.11後の世界  

支援の谷間の村から

 つきあいのある福島県飯舘村から緊迫したレポートが届いた。現場では情報も得られず、支援も滞り、国が全く当てにできない状況だ。伝手のある大手メディアには送ったが、まだ報道されていないようなので、少しでも早く現場の一端を知っていただくためにここで紹介したい。

 飯舘村は福島市の東にある農村で人口は6100人ほど。今回の地震では大きな被害を受けなかったが、村の南東の一部が福島第一原発から30km圏にかかる。さらに、風向きからか、村内の観測装置では15日午後より放射線量測定値が跳ね上がって、45マイクロシーベルトに達した。その後低下したものの20マイクロシーベルト以上の状態が続いている。この日は福島でも高い値が観測されたので、北西方面に放射性物質が流れた可能性が高い。今後も風向きによって高レベルの放射性物質が飛来するおそれもあり、村では不安が高まっている。

 加えて放射線風評被害もあり、また他の自治体への支援に人や資源が割かれているため、燃料や生活物資の入荷が滞り始めた。このままでは村での安心安全な暮らしが維持できないと判断し、菅野村長は集団避難を決断した。受け入れ先は栃木県内の自治体だ。それ以前にすでに村民の3分の1が、縁故先に自主的に避難していると見られ、今回の集団避難は当面村民の3分の1を対象とするという。残りの3分の1は村に留まる。村は畜産の盛んな村であり、牛を一緒に避難させられないため、その手当も大きな課題として残っている。また村には100人収容の特別養護老人ホームがあり、寝たきりのお年寄りを今後どうやって避難させたらいいか、村では頭を抱えている。

 もはや原発は二次三次の被害をもたらし始めた。しかし救いはこうした「原発難民」を温かく積極的に受け入れようという自治体があることだ。群馬県の片品村も、南相馬市の住民を1000人単位で受け入れるという。都会の自治体の受け入れ表明もあるが、前回書いたように、避難期間が長くなりそうな場合、空いた公営住宅などに分散入居するのではコミュニティがバラバラになってしまう。ましてや関西に行くのは、移動や連絡を考えれば非現実的だ。都会や遠方の自治体は、こうした受け入れ自治体を金や人の面で支援する形で協力してほしい。

 村からのレポートを以下に掲載します。
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by greenerworld | 2011-03-18 21:10 | 3.11後の世界  

“原発後”の世界へ向けて その1

 このたびの未曾有の大震災で被害に遭われた皆様に心より御見舞い申し上げます。また亡くなられた多くの方々のご冥福をお祈りいたします。今回はその上、さらに地震と津波により福島第一原発が全て炉心溶融を含む重大な事態に至っています。避難された皆さん、屋内待避されている皆さんだけでなく、その周辺に暮らす皆さんもたいへんな不安の中で耐えていらっしゃることを思うと、胸が張り裂けそうです。

 本来ならば地震と津波の被災者・被災地への救出・救援活動が最優先されるべきなのに、その資源のかなりの部分が福島第一原発への対応に奪われてしまっています。助けられたはずの命が助けられず、死ななくてもいい命が失われ、救援物質も滞り、復興を妨げています。首都圏での食料やガソリンの買いだめも、動機のかなりの部分は「放射線への恐怖」でしょう。

 今さら言っても仕方がありませんが、福島第一原発を止める機会は過去に何度もありました。しかし、危険性の指摘に耳も貸さず「安全神話」を振りかざしてこのたびの重大事態を招いた国や電力会社の責任は極めて重大です。しかし、そのことは今あえて問いません。

■放射線の周辺地域への影響

 福島第一原発の今後の状況は予断を許しません。とくに使用済み核燃料プールやプルトニウム・ウラン混合酸化物(MOX)燃料を使用している3号機での水蒸気爆発などが起これば、半減期の長い放射性物質が拡散します。これらの放射性物質は重いので、より原発に近い地域が汚染度が高くなります。周辺地域では長期にわたり汚染が続くおそれがあります。原発に近い地域に住む人は将来にわたってほとんどいなくなるでしょう。原発誘致の結末は自治体の崩壊です。

 一方、同じ放射性物質でもヨウ素131やセシウム137などは、水蒸気爆発などで広範囲に拡散するおそれがあり、1986年のチェルノブイリ原発4号炉事故の際には、水蒸気爆発で格納容器のふたが吹き飛び空高く舞い上げられたことから、これらの放射性物質が風に乗ってヨーロッパ全土を広範囲に汚染しました。このときは比較的近い北欧やドイツばかりは、イギリスやギリシャ、イタリアまでが汚染されています。日本でも同様のことが起こると思われます。

 3月14日午前6:10ごろの2号機の水素爆発で飛散したと見られる放射性物質は、北東風に乗って茨城や千葉、東京にまで達しました。(独)東京都立産業技術研究センター駒沢支所(世田谷区)の観測では、同日10:00〜11:00にピークとなり、ヨウ素131が241ベクレル/m3(以下Bq/m3)、ヨウ素132が281Bq/m3、セシウム134が64Bq/m3、セシウム137が60Bq/m3と記録されています。ベクレルは放射能の強さを表す単位で、放射線量を表すシーベルトとは異なります。観測結果の中でヨウ素が高いのは、比較的短期間に崩壊していくからだといえます。ヨウ素131は約8日間、ヨウ素132は2.3時間で半減します。つまり、ヨウ素131であっても3か月もたてば2000分の1になるわけです。これに対してセシウム137の半減期は30年で、より長期的な影響があります。(なお、東京の放射線量はその後急激に下がったので、このときの爆発の影響は一時的だったと思われます)

 チェルノブイリ事故でも、ヨーロッパ各地で観測された放射線物質で影響が大きかったものは、ヨウ素131とセシウム137であったと言われています。とくにヨウ素131は甲状腺に取り込まれることで甲状腺癌を誘発しやすくなります。チェルノブイリ後、周辺ではとくに事故時に0〜5歳であった乳幼児にその後甲状腺癌が増えたことが知られています。若い人ほど影響を受けやすく、ヨード剤は赤ん坊や子ども、妊婦を中心に投与する必要があります。一方、ヨーロッパ各地でのヨウ素131やセシウム137の摂取経路としては直接摂取よりも食品を通じての摂取が中心となっています。とくに子どもの場合牛乳からの摂取が多かったようです。これは事故の時期が春だったため、牧草についた放射性物質を牛が食べたことによるものです。他に牛肉や羊肉からの摂取もありますし、野菜・果物も汚染源になっています。今後、汚染地域では当分の間放牧を避け配合飼料に切り替えるなどの対策が必要です。野菜や果物は十分に洗うことが必要でしょう。

 原発からの放射性物質の放出が止まれば、ヨウ素131の影響は比較的短期間で消えていきます。これに対してセシウム137は土壌に入り込むと中長期の汚染源になり得ます。いずれにしても、汚染が疑われる地域ではモニタリングが必要で、その結果次第によっては当分作付ができないなどの影響が出るかもしれません。

■集落単位での避難・疎開を

 先ほども言ったようにもはや原発立地地域では当分の間立ち入り禁止、そうでなくてもここに暮らそうという人はいないでしょう。原発難民という言葉が現実のものになってしまいました。その周辺地域でも、子どもたちを中心にできれば避難(疎開)させた方がいいと思います。被災地域でも一時避難する人が少なくないでしょう。その際に重要なのは、集落単位・学校単位での避難・疎開です。東京や大阪などを中心に、被災者・避難者の受け入れの表明がありますが、今回の被災地域・原発立地地域は農山漁村が中心です。都会の公営団地などにバラバラに住むのでは、コミュニティが崩壊し、孤独や慣れない生活によるストレスが大きくなります。三宅島の全島避難の際にも問題になったことです。

 ですから、できれば同じ東北地方で、あまり規模の大きくない自治体に受け入れてもらうのがいいと思います。統合で開いた小中学校があれば、そのグラウンドに仮設住宅を建てられるし、校舎で授業を受けられます。もちろん受け入れ自治体の負担がたいへん大きいと思いますので、都会の自治体はその自治体に対して支援をしてください。金銭的な支援に加え、職員を担当として出向させることも重要です。

 避難・疎開は、場所によっては数か月、中には数年の長きにわたることもあると思います。生きている間に戻れない地域があることも覚悟しなければなりません。そのために収入の道も用意しなければなりません。しかし、目標はあくまで地域の再生・再興です。そのために必要なコミュニティの維持を考えていただきたいと切に願います。

 これを書いている時点では、まだ「起こりうる最悪の事態」には至っていません。まだ予断を許さない緊迫した状況にあり、そうならないことをただ祈るしかありません。そして、近い将来必ず起こる東海地震の想定震源域の中心部に位置する浜岡原発始め、全ての原発の停止・廃炉を強く願います。原発の恐怖を味わうことでしか、脱原発はならないのか、曲がりなりにも脱原発を主張してきた1人として大きな責任を感じています。

                      2011年3月17日 小澤祥司
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by greenerworld | 2011-03-17 15:04 | 3.11後の世界