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灯りを灯すたびに……

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 以前、関東地方のある離島で、「漆黒の闇」を経験したことがある。月がないどころか、厚い雲に覆われて星明かりすらなく、前後左右も上下もわからない、いわゆる鼻をつままれてもわからないという暗さだ。そんな闇の中、オオミズナギドリが巣に戻ってくる、その時の音や声を聴こうという趣向だったと思う。移動の時リーダーだけは小さな懐中電灯を点けていたが、参加者はその後をはぐれないように手をつないで歩いた。視覚に頼れないことを体が納得すると、それ以外の感覚がだんだんととぎすまされてくる。聴覚はもちろんだが、とくに敏感になるのは嗅覚や触覚だ。空気の中にさまざまな匂いが混じっていることがわかる。皮膚は気温や湿度、わずかな空気の動きを感じ取る。ほ乳類は中生代の闇の中で生き延びてきた。その原初的な体験がよみがえってくるような思いだった。

 九州の離島では、海岸に寝そべって星を眺めた。薄もやのように光る天の川を基準に、アルタイルやベガ、デネブを探す。南の空にはさそり座が長く横たわり、時折流星が視界をかすめた。波音をBGMに星だけを眺めていると、まるで宇宙空間に漂っているような感覚さえした。

 また別の時、沖縄の離島で、満月の夜、サンゴのかけらを敷き詰めた小道を歩いた。白い小道にくっきりと人の影が映る。海岸に出るとリーフの波頭が輝いて見えた。砂浜に車座に座って見渡せば人の表情がはっきりとわかった。満月の光はどこかあやしげでもある。浮かれ狸が踊り出したり、人狼が変身したりするのもうべなるかな。人もまた然りだ。三線の響きで島歌が始まった。

 東(あーり)から ありゆる うつきのゆ うちなん やいまん てらしょうり
(東の空から上ってくる大きな月の夜 (お月様よ)沖縄も八重山も照らしておくれ)

 灯りを一本一本灯すたびに、人はどれほどのものを失っただろうか。
(写真はNASA Image Gallaryより。クリックすると拡大します。これはこれで興味深い写真ですが……)
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by greenerworld | 2009-07-30 16:53 | 森羅万象  

i-MiEVよりプリウスの方がCO2が少ない?

 三菱自動車が電気自動車(EV)のi-MiEV(アイミーヴ)の法人向け出荷を開始した。電気自動車なので、走行時にはCO2は排出しない。しかし、電気は発電時にその燃料に応じてCO2を排出しているため、完全にクリーンなエネルギーとは言えない。むしろ熱量あたりのCO2排出量は石炭よりも多い。投入エネルギーの4割程度しか電気に変えられないのだから、当然といえば当然である。
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 したがって、EVもその電気の消費に応じてCO2を排出していることになるのだが、それはどの程度なのか。i-MiEVの諸元によれば、バッテリー容量は16kWhで、10・15モードでは1充電あたり160km走行するので、単純計算するとkmあたりの電力消費量は100Whである。ただし主要諸元には「10・15モード交流電力量消費率」の数字があって、こちらでは125Wh/kmである。充電時のロスを加味した数字なのだろう。

 ところで、ベース車となっているガソリン軽乗用車「i(アイ)」のTタイプ(出力がi-MiEVと同じ47kW)の方は、燃費が18.2km/リットルで、逆にすると0.055リットル/kmである。ガソリンのCO2排出係数(2.32kg-CO2/リットル)を掛けるとkmあたり128gのCO2を排出しながら走ることになる。

 これに対してi-MiEVの方は、電力会社によって係数が異なるが、東京電力の2007年度の係数を使うと53gだ。また、係数の大きい北海道電力だと65gとなり、「i」のほぼ半分。なんか「エコだ、クリーンだ」と大騒ぎしている割には、それほど劇的にCO2が減るわけではないのね。

 ちなみに新型プリウスの10・15モード燃費は38km/リットルで、kmあたりのCO2排出量は61gとなる。北海道ではi-MiEVで走るより、プリウスに乗った方がCO2排出量は少ないってことだ。東京電力管内でもそんなに大きな差ではない。くれぐれも冷静に考えましょう。
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by greenerworld | 2009-07-27 12:10 | エネルギー  

CO2マイナス80%の世界:人口編(その2)

 有史以前からの日本列島の人口推移(推計)を見ると、縄文早期に2万人ほどだったのが、縄文前期には10万人を超え、同中期には26万人になっている。縄文前期〜中期は気候最温暖期だった。海面は現在より5mほど高く、東京湾は狭い入り江状に古河・藤岡のあたりまで達していたと言われる。暖かい気候のもと、森の恵みと海の幸によって生活が支えられた。ところがその後は一転寒冷化し、人口も縄文後期には16万人ほどに減少してしまう。こうした困難の中、日本に伝わった水田稲作(技術革新)によって生産力が高まり、弥生時代には人口は60万人に増える。奈良時代には450万人、平安時代初めには550万人、平安時代末期には680万人と増加し、関ヶ原の戦いのあった1600年には1200万人に達していたと推測されている。さらに江戸時代に入って社会が安定したことで人口は急増し、18世紀初頭には3000万人を超えている。しかしその後は度重なる飢饉などもあり、人口は頭打ち、むしろ減少する。幕末にかけてようやく再び3000万人を超えるようになり、明治維新を迎える。明治元年には3400万人だったのが、その後日中戦争(1937年〜)のころには7000万人に達する(人口の数字は国立社会保障・人口問題研究所サイトからの引用)。

 さて、江戸時代は徳川の元で全国統一がなされ、さらに鎖国政策をとったことで、大きな資源の出入りはなく、ほぼ国内で自給自足を果たしていた。当時はエネルギーの利用もバイオマス(薪・炭・動植物油)と人力、畜力、水車ぐらいで、基本的には年々歳々の太陽エネルギーを基本にした社会であり経済だった。そのことが「江戸のリサイクル社会」として知られるような徹底した再利用・循環システムを作り上げたわけだ。

 その江戸時代の人口が、増減はあるが3000万人を前後するあたりだったとすると、科学技術文明以前の社会における、日本列島の人口キャパシティはだいたいこのくらいなのだろうか。

 現在は食料生産、エネルギー変換・利用、情報通信など当時では考えられないほど発達し、効率化されている。そうしたことを考えれば、日本列島でその倍以上の人口は養えるだろう。さらに現在の5分の1とはいえ、CO2排出(化石燃料の使用)も許されるのであれば、9500万人というのは持続可能な社会としてそこそこいい数字なのではないかと思うのだが、楽観的すぎるだろうか?

 ところで、過去の寒冷化の時代には人口減少も起きている。その点では「温暖化懐疑派」のロンボルグは間違っていない。温暖化は一概に悪いとも言えないのだ。
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by greenerworld | 2009-07-26 17:30 | 環境エネルギー政策  

CO2マイナス80%の世界:人口編

 2050年までに先進国全体でCO2排出量を現状(基準年は未定)より80%削減する──イタリア・ラクイラサミットでの合意だ。CO2排出量レベルで言えば、日本では1960年ごろに相当することは、すでに紹介した。

 2050年の日本の人口予測は、国立社会保障・人口問題研究所の予測(2006年)によれば、9515万人(出生中位・死亡中位)。過去にさかのぼって比べると、1962年の日本の人口が9518万人でほぼ一致する。1960年前後というのはどうも未来を考える上で重要な年代のようですな(このことはまたあらためて)。

 ただしその中身は大きく異なる。図は1960年と2050年の人口ピラミッドの比較(同研究所ホームページより)。上が1960年で、団塊の世代が十代前半であるから当然であるが、全体にどっしりと重心の低い年齢構成になっている。ここから高度成長を支える若い力がどんどん社会に出て行ったわけである。
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 これに対して下の2050年の人口構成は重心が高く不安定な形。人口が多い年代は80歳前後を迎える団塊ジュニア(第二次ベビーブーム)世代である。全人口に占める65歳以上の比率は40%にも達する。65歳以上が生産活動からの「引退者」とすると、生産年齢人口(15〜64歳)1人当たり、0.76人を支えなければならない。現実には1対1に近いだろう。正直言って今のような年金制度や介護制度のままでは不可能だと思う。生産年齢を75歳くらいにまで引き上げる(つまり働き続ける)ことや、高齢者福祉のあり方を根本的に変えることをしないと成り立たないだろう。しかもこれは全国平均の話なので、町村部では人口の半分以上が65歳以上ということになり、もっと深刻な状況になっているはずである。

 こうなると社会をどう維持するかという問題の方が大きくて、CO2マイナス80%どころではないような気もする。暮らし方、町のあり方、居住形態などを変革していかなければならないだろう。コミュニティの果たす役割が大きくなり、高齢者も社会の中で一定の仕事をしなくてはならない。ただ消費するだけとは行かず、食料でもエネルギーでも、ある程度は自分たちで生産するようになっている必要があるだろう。

 そうするとけっこう1960年ごろの農山村の社会に似てくるのだが、その後の技術や制度の進歩がそこに被さってくると、それほど悲観した話でもないと思える。
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by greenerworld | 2009-07-23 20:43 | 環境エネルギー政策  

日蝕にヒグラシは反応したか

 日本列島南部で皆既日食が見られた朝、東京はあいにくの曇り空。ブログ子は、雲の切れ間を求めて一路北へ走った(注:ただの出張です)。太陽がかなり欠けていた(はずの)11時には、常磐道いわきインター近くの高速バス停駐車場に立っていた。しかし、ここでも雨雲が重くたれ込め、太陽がどこにあるのかもわからない。薄暗いのは日蝕のせいなのか、厚い雲のせいなのか。そして、周辺の林ではニイニイゼミとアブラゼミの声はしたが、ヒグラシは鳴かなかった。

 その約1時間後、内陸部の村に着くと、雲の間から薄日が差していた。周辺の杉林からはヒグラシの鳴き交わす声が聞こえる。こんなに明るいのに? 気温は20〜21℃。標高が上がった分だいぶ低い。そうか、ヒグラシは明るさではなく、気温に反応するのか。昼食にイワナ丼を食べながら、ヒグラシのセミ時雨を浴びた。クマゼミやアブラゼミのセミ時雨と違って、やかましくもなく暑苦しくもなく心地よい。いや、ただ気温が低くてさわやかなせいです。

 仕事を終えて、ふたたびいわき市内の高速バス停に戻ったのは午後4時過ぎ。天気が回復し、明るさは昼頃と変わらなかったが、駐車場に隣接する杉林ではヒグラシが鳴いていた。

 皆さんのところではいかがでしたか?
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by greenerworld | 2009-07-22 23:01 | 花鳥風月  

ソーラー船、運河を静かにすべる

 19日午前、富山市の北にある富岩(ふがん)運河を遊覧するソーラー船“SORA”の就航式があった。
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 富山県が導入したもので、屋根に1.7kWの多結晶タイプ太陽電池を載せたSORAは電動モーターで推進するエコボート。実用的なソーラー船としては日本初という。40人乗りで最高速度は4ノット。運河を人が歩くスピードで周遊する。モーターは2基で合計9.8kWの出力だ。スピードが遅いことと船であることから、車に比べるとずいぶん小さなモーターで動いている。太陽電池が1.7kWではさすがに、ソーラーエネルギーだけで走ることはできない。バッテリーに充電した電力が主エネルギー源である。

 富山市が導入した電気ボート“もみじ”も同時に就航した。こちらは定員10名。

 2船は7月19日より11月29日までの土・日・祝日に、約40分の周遊運航を行う予定。乗船料金は大人800円、小学生400円、小学生未満無料。地元ボランティアガイドが、運河の歴史や自然環境、そしてソーラー船の説明をしてくれる。

 昭和10年に完成し、かつては水運でにぎわった運河も役割を終え、水質や周辺環境の悪化や水難の危険から埋立ての話も進んだが、80年代半ばに親水空間として整備する方針に転換。いまでは全体が運河緑地、環水公園として整備されている。以前紹介したように富山市は、路面電車を復活させるなど、環境にやさしいまちづくりに力を入れている。市民の水辺への関心を高めるとともに、小学生の環境学習にも活用され、さらに新しい観光の目玉としても期待しているようだ。

(写真上:ソーラー船、SORA、下左:SORAの音声ガイド装置、下右:運河を行き交うSORAともみじ)
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by greenerworld | 2009-07-19 16:01 | エネルギー  

日蝕にヒグラシは反応するか

 7月22日は久々に日本近傍で見られる皆既日食。完全に太陽が月に隠れるのは奄美・トカラなど一部だが、それ以外でもかなりの割合で欠ける。ところで朝夕の薄暗い時間帯に鳴くセミがヒグラシ。ちょうど今ヒグラシの鳴くシーズンでもある。日中でも夕立の前に空が暗くなると鳴き出すことがあるので、日蝕で薄暗くなると反応するのではないかと思うのだが、どうだろう。

 皆既日蝕帯に近い(かつヒグラシがいるような自然度の高い)地域の皆さん、日蝕の際はヒグラシの声に「注耳」。鳥など他の生き物も、変わった行動を取るかもしれません。
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by greenerworld | 2009-07-18 09:17 | 花鳥風月  

自民党が溶けていく

 自分たちで選び、しかも内閣不信任決議案を否決して信任したばかりの総裁に退陣を迫る議員が幾多。お膝元の選挙区内で自民都議が敗退したとたん右往左往する主要閣僚。このお方は文人夫妻の孫、もう少しまともな政治家と思ったが。潔くない、見苦しい。かつては党利党略といったものだが、結局連中には私利私略しかないんだな。政治家なら政策を語れよ。ビジョンを語れよ。端からはどんなに醜くかつ滑稽に見えているかもご存じない、いや気づかない。こんな人たちに税金で高額な報酬が払われているんだ。腹が立ちませんか、あなた。
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by greenerworld | 2009-07-16 08:08 | 森羅万象  

核兵器のない世界─オバマのビジョン

 世界的服飾デザイナーの三宅一生さんが、自らの被爆体験をニューヨークタイムズに寄稿している。米国のオバマ大統領が4月のプラハ演説の中で語った「核兵器のない世界(A World Without Noclear Weapons)」という言葉が、これまで心の中にしまい込んでいた三宅さん自身の体験を呼び覚ました。三宅さんは7歳の時に広島で被爆し、母親は3年後になくなったという。しかしそのことをこれまで外に向けて語ったことはなかった。原爆を生き延びたデザイナーというレッテルを貼られたくなかったから。

 三宅さんはオバマ大統領に8月6日、広島に来てほしいと呼びかける。過去にこだわるのではなく、核戦争をなくすために努力することが目標だと世界に示すために。

http://www.nytimes.com/2009/07/14/opinion/14miyake.html?_r=1&scp=1&sq=Issei%20Miyake&st=cse

 オバマ大統領が世界に投げかけたビジョンが、少しずつ波紋を広げている。彼がもし本当に広島や長崎を訪れ、平和のために祈れば、世界が変わる大きな一歩になるだろう。

 アメリカでは、戦争を終わらせるために必要だったとして、原爆投下を肯定するのが一般的な認識である。オバマ大統領が広島や長崎を訪れれば、保守派の虎の尾を踏むかもしれない。一方で、北朝鮮やイランのような直接的な脅威もある。核兵器のない世界を実現するのは容易ではない。しかし、そのビジョンがなければ決して実現しないことも確かだ。世界中に憎悪の火種がくすぶっている今こそ、想像してみたい。「核兵器のない世界」を。

 残念ながら、その大事な平和を祈る日々に、日本は選挙一色なのだ。オバマ大統領もそんな騒動には巻き込まれたくないだろうか。
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by greenerworld | 2009-07-15 10:40 | 森羅万象  

「逃げずにたたかう」って……

 ようやく解散総選挙になりそうだ。それも任期末ギリギリの8月30日投票予定。麻生さんは「逃げずにたたかう」とおっしゃるが、そもそも逃げて逃げてここまで来たのではないですか?

 昨秋の総裁選直後に解散していれば、少なくとも「惨敗」ということはなかったろう。民主党が伸びても過半数は取れず、大連立か再編が起こっていたのではないか。他にも何度かチャンスはあった。それらと比べると、今が最悪のタイミング。もがけばもがくほど、泥沼にはまる。もちろんこのあと何が起こるかわからないが、このままで行けば民主が過半数を取り、自民党は分裂・終焉を迎えかねない。国民は自民党に引導を渡したがっているのだ。

 思えば前回の「郵政選挙」「小泉劇場」に乗って勝ちすぎたのが終わりの始まりだった。本来当選を想定していなかった名簿の数合わせ候補者まで当選してしまった。次の選挙で議席は必ず減る。いったん議員になると、落選の恐怖は相当のものなんだろう。

 おたおたしたって始まらない。堂々と政策を訴えて闘うならまだ次につながるかもしれないよ。民主党が勝っても、風頼みのチルドレンばかりになるだろう。4年後は民主党が同じ泥沼にはまるかもしれないのだから。
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by greenerworld | 2009-07-14 12:18 | 森羅万象