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飯舘村等の計画的避難区域の設定にかかる緊急要望(全文)

 4月17日に、以下の緊急要望を官邸並びに各政党本部に送付し、関係機関・報道機関にも通知いたしました。

飯舘村等の計画的避難区域の設定にかかる緊急要望

 2011年4月17日

 飯舘村後方支援チーム(代表・糸長浩司/日本大学生物資源科学部教授)
 国際環境NGO FoE Japan(事務局長・三柴淳一)

 われわれは、今般の東電福島第一原発事故に伴い、放射能に高濃度に汚染された飯舘村の放射線被害 に関して、深く危惧し支援を行ってきています。飯舘村及びその周辺地域では、4 月 11 日に計画的避難 区域に指定された後も、政府の明確な情報や指示が得られず、混乱が続いています。もとより、3 月 15 日の放射性物質の沈着からすでに一ヶ月以上が経過し、地区によってはかなりの累積放射線被曝を受け ています。また対象区域には放射線防護を優先すべき妊婦・乳幼児・児童もおり、将来にわたる健康不安 を抱えながら生活しています。同時に住民、農業者、商工業者は避難後の生活や就労、避難地域の復興 等、先が見えない中で強い不安を抱えています。しかるに、指定の通達があって以降、いまだ、計画的 避難に関する合意が国と村等との間でとれない状況が続いています。
 そうした状況を憂慮し、以下を日本政府に対し強く要望するものです。

1. これ以上被曝を重ねないよう、補償も含め計画内容につき速やかに村等と合意し、避難を実施。
2. 対象区域の中でも高線量地区の住民の避難、妊婦・乳幼児・児童の避難は一ヶ月の避難準備期間にこだわらず実施。また計画的避難を待たず自主避難した場合の被災証明書発行。
3. 避難先での生活補償・雇用の支援。
4. 住民への健康聞き取り調査、精神面を含む健康管理、住民各自に対する「健康手帳」(案)の発行、継続的な住民の健康管理と医療補償。
5. 作付が不可能となった農業者に対する補償。
6. 畜産農家の意向を尊重し、家畜の避難先の確保と移動の実施、あるいは全頭買い取りによる補償。
7. 商工業者に対する休廃業補償、事業所・店舗等を移転する場合の費用の補償と当座資金の融資。
8. 避難対象地域での宅地、農地(水田、畑、牧草地)、里山、河川等でのきめ細かい放射能モニタリングの実施と、各地区及び土地利用別での汚染度による放射能汚染除去対策及び帰還の見通しのできるだけ速やかな公表。
9. 避難が相当程度の期間に及ぶ場合、移転先において村民の生活と生業、コミュニティ機能の維持が継続的に成り立つよう、中・長期的ビジョンに基づく場所の確保とその建設に関する財政を含む総合的な支援。
10. 国・東電・民間企業等出資による汚染地区の復興にかかる基金の創設。

 また本要望とは別に、福島県内に放射性物質の健康・環境等に対する影響とその防除・除去を研究す る民間機関設立を広く呼びかけるものである。
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by greenerworld | 2011-04-18 14:24 | 3.11後の世界  

原発に頼らない社会をめざす城南信金

 東京南西部と神奈川県を営業地域とする城南信用金庫(本店:品川区)が、「原発に頼らない安心できる社会へ」というメッセージをウェッブサイトに掲載している。「原子力エネルギーは、私たちに明るい未来を与えてくれるものではなく、一歩間違えば取り返しのつかない危険性を持っていること、さらに、残念ながらそれを管理する政府機関も企業体も、万全の体制を取っていなかったことが明確になりつつあります」「私達は原子力エネルギーに依存することはあまりにも危険性が大きすぎるということを学びました。私達が地域金融機関として、今できることはささやかではありますが、省電力、省エネルギー、そして代替エネルギーの開発利用に少しでも貢献することではないかと考えます」として、金融を通じて省電力や省エネルギーのための設備投資を支援、推進するという。
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http://www.jsbank.co.jp/

 信用金庫は地域の中小企業や個人の出資による地域金融機関だ。もともと、営業地域が限定され、大企業には融資できないという制限があり、原子力関連の事業を行う大企業を顧客に持つことはないので、こうした取り組みがしやすい条件にはある。しかし核エネルギー利用が国策として進められる中で、たいへん勇気ある宣言だと思う。城南信金の姿勢を高く評価したい。

 城南信金は、2001年に合併により京都中央信金が誕生するまで、最大の信用金庫であり、現在も預金量において2位の位置にある。ブログ子もかつて(真壁実理事長時代)取材したことがあるが、80年代後半のバブル期にも土地や株式などの投機に融資せず、バブル崩壊後にも多額の不良債権を抱え込むことはなかった。格付機関による評価も高い優良金融機関である。

 今回の震災への取り組みでは、復興支援“ボランティア預金”を発売、被災地学生の新規特別採用の他、1億円の義援金も寄贈している。また店舗内の省エネを実践、太陽光発電の導入なども今後順次進めるという。営業地域外の個人が口座を開くことは可能だが、残念ながら信用金庫法による制限で、口座開設にあたって出資が必要な企業や、個人でも融資を受ける場合は、営業地域内に限られる。また口座を開設するには直接店舗窓口に行かなければならないそうだ。(ただし、一度作ってしまえばネットバンキングもできるし、信用金庫同士のATM利用は営業時間中なら手数料なし)

金融は社会を変える大きな力になる。私たちはその金融機関を利用することで社会を変える後押しができる。全国の信用金庫も、ぜひ後に続いてもらいたいものである。
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by greenerworld | 2011-04-15 09:04 | 3.11後の世界  

放射性物質を中和するって?

 本日の衆議院第2議員会館での院内集会、会場はほぼ満席、この間の放射能の広がりへの懸念、飯舘村への関心が高いことがよくわかった。この問題に関わり続けなければという意を強くした。と思ったのもつかの間、終了後やってきた2人の男連れ。放射能対策の技術について話を聞いてほしいという。ペーパーを出して、いくつかの大学とも共同で研究しているもので放射性物質を「中和」できる技術だと言う。

 「中和? 放射性物質は中和しても放射性でしょう」と私。中学生でも知っているとおり、中和とは酸と塩基が反応して水と塩(えん)ができる反応のこと。放射性セシウムイオンが塩化セシウムや硫化セシウムになろうが、それは放射性塩化セシウムであり放射性硫化セシウムだ。

 すると向こうはいきなり「ああ、ダメだダメだ、こんなやつに説明してもムダだ」と、怒り出しペーパーを引っ込めて逃げるように行ってしまった。全く無礼な奴らだ。

 この手の連中は、科学的な矛盾を突くと怒り出すというのもおきまりのパターンである。つまり「こいつはだませそうもない。まずい」と思って逃げるわけだ。私はこれまでいくつもこの手の話(フリーエネルギーや永久機関も含めて)を見てきたので、ははんまたか、と思う。そもそも理系の高校生程度の知識があれば、おかしいとわかる。それでも引っかかってしまう人は後を絶たない。過去にもフリーエネルギー系ではタレントや元国会議員が引っかかってお先棒担いだのを知っている。

 震災や放射能公害に乗じて、火事場泥棒的に詐欺まがい(実質詐欺)の連中がうごめき出すのは許し難いことだ。しかし、こういう時期にこの手の詐欺話が増えることも事実。ともかくもご注意を。

 それはともかく、「原子力村」も巻き返しに必死になっている。こちらの動きにも注意願いたい。
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by greenerworld | 2011-04-13 22:41 | 3.11後の世界  

圏外でも計画的避難、国はようやく認めたが…

 弊ブログでは繰り返し、同心円状の避難区域設定は実態を表していない、汚染実態に合わせた避難地域設定をすべきだと言ってきた。ようやく昨日になって、国は「計画的避難区域」を設定し、一か月をメドに避難を実施することを発表した。3月28〜29日に現地で調査を行った京大今中助教を代表とするチーム(調査チーム)が、飯舘村内の汚染状況をまとめ発表したのは4月4日。われわれ(後方支援チーム)はこの結果を受けて村に4項目の提案を行い、国や県に対しては6項目を要望した(こちらを参照)。ここでわれわれが提案したのは全村避難ではなく、汚染度に応じた対応だ。村内でも東北部のように比較的汚染度が低い地域もある。一方南部地区の汚染度は高く、一刻も早く避難すべきと思われたからだ。国の対応があまりに遅かったこと、いまだに杓子定規的な区域設定であることには疑問を持つが、国が補償を含む方針を示したことでとりあえず一歩前に進んだ。

 国はこれまで放射線の影響について、線量率(瞬間的な被曝)を元に、胸部X線検査程度だから大丈夫、直ちに健康に影響はない、安全だと繰り返してきた。しかし、こういう被曝は小規模な事故などで短時間に放射線を浴びた場合には当てはまるが、今回のように広範囲に高濃度に汚染された場合には、その場所に留まる限り放射線を浴び続ける。つまり、積算値で影響を論じなければならない。ほとんどが30km圏外の飯舘村では、そこでまだ暮らし仕事をしている人がいるわけで、瞬間的な被曝の話をしても無意味だ。

 先月21日、ICRP(国際放射性防護委員会)から、被曝限度量の緩和を提案されると、政府は見直しに着手、積算線量で緊急事故後の20ミリシーベルト(mSV)という値を基準にすることを検討してきた。しかし、これはあくまで1年間の予測積算被曝量である。文科省の発表はこのあたりから変化し、高濃度地域ではこれまでの積算で●mSvという数字を使うようになった。ところがその数字は3月23日からのもので、最も線量率の高かった15〜22日の1週間分を加えていなかった。それでまだ「直ちに健康に影響はない」としていたのだ。ところが調査チームのレポートでは、飯舘村南部で屋外に居続けた場合、3月29日時点ですでに30mSvを超えていることが示された。屋内にいたとしてもその半分程度を被曝していたことになる。約3週間で屋内にいても20mSvを超えてしまう。繰り返すが、ICRPの基準値はあくまで1年間の予測被曝量だ。政府もさすがにこれを安全だと言い続けることができなくなったのだろう。

 一方、データを提示しないまま、ひたすら安心させようとする政府の姿勢は住民を混乱させた。村に講演に来た放射線医学の専門家も、住民に対して汚染情報を提供しないまま、安全安心を振りまいて帰ったのだ。計画避難地域指定発表のつい2日前にも「原子力村」の住人である近畿大学教授が来て話をしていったという。彼らにとってみれば、自分たちの言ったことが国から否定されたわけだ。どう言い訳するのか聞いてみたい。

 結局、政府のこれまでのやり方は全てを隠そうとし、事故は汚染はたいしたことはないと言い続け、客観的データから実態が明らかにされて破綻したといえる。汚染地域の分布についても、SPEEDIのシミュレーションや米軍の空からの調査によって早くからわかっていた。事故がレベル7だと今日になって発表したこともそうだ。多くの(原子力村の住人でない)専門家は早くからレベル7相当を指摘していたし、保安院も安全委員会もそれを知っていた。汚染実態が明らかになり、これ以上隠しきれなくなったということだろう。なんという稚拙なやり方だろうか。

 ともあれ、飯舘村を含む汚染地域の住民の皆さんには、これからもまだ苦難の道が続く。避難期間は長期に及ぶ可能性が高い。生活や仕事の再建、地域・自治体の再建と大きな負担がのしかかる。健康への不安もあるだろう。さまざまなケアが必要だ。しかし、希望はある。

 以下はブログに寄せられた飯舘村の方からのコメントの抜粋だ。

 「今までのことは水に流して、避難時、避難後の高齢者へのリスク管理等、村民と行政一体となって頑張ります。牛等の家畜の移動も計画的に頑張ります」

 このコメントやツイッターで発信する村の若者たちの言葉は心強い。繰り返し言うが、今回の事態に飯舘村は何ら責めを負うものではない。村は国が進めた原子力政策の結果、東京電力が引き起こした原子力公害の犠牲者である。またその背景にはGDPを指標とする成長一辺倒の経済政策や都市住民の“豊かな生活”があることは言うまでもない。

 村民が幾世代にもわたって営々と築き上げてきた美しい村は、いまや目に見えぬ放射能に汚染された村になってしまった。地方住民が一方的に国策の犠牲になる構図は、谷中村(足尾鉱毒事件)や水俣と同じである。

 われわれはこのような悲劇をもう繰り返さぬと誓ったのではなかったのか。誰か(何か)を犠牲にした繁栄の追求はもうやめにしよう。あらためて全国の皆さんに、原発公害被害地域への支援を訴えたい。
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by greenerworld | 2011-04-12 20:39 | 3.11後の世界  

4.10高円寺脱原発デモ

 4月10日に東京・高円寺で行われた脱原発デモ。約1万5,000人の参加とか。参加されなかった方に雰囲気だけでもと思い写真をアップ。コメントなしです。
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by greenerworld | 2011-04-11 08:29 | 3.11後の世界  

福島県の農地の汚染度マップ

 はじめに、東電原発公害関連のイベント2つ。

■「原発震災から子どもたちを守れ!~専門家・市民による独立放射能汚染調査報告と要請~」4月13日15:00〜16:30 衆議院第2議員会館多目的会議室/FoE Japan他主催

■「大震災とTPPから明日を考える連続講座」4月12日、19日、26日。エコ・コミュニケーションセンター(ECOM)。第2回で原発とこれからの社会について話します

 さて、本題。4月6日に福島県農林水産部から、県内の農地70か所(水田・転換畑58か所、樹園地・畑12か所)の放射性物質測定結果が発表された。

http://www.pref.fukushima.jp/keieishien/kenkyuukaihatu/gijyutsufukyuu/seiikugijyutsujyouhou.html

 発表されている値はセシウム134とセシウム137だけで、単位はkg当たりベクレル。土壌サンプリングの深さは文科省の5cmと違い、15cmだという。これは作土の深さを考慮した農水省の基準だそうで、同じ国機関でありながら測定結果を単純に比較できないのは困った話だが、まだセシウムは5cm以深には移行していないと思われるため、とりあえず農林水産部の値を3倍すれば文科省の値と比較できよう。

 下図は県発表のサンプリングポイントの地図にセシウム密度(134と137の合計)を面積比で表した円をのせてみたものである。福島第一原発から30km圏内はサンプリングがなく空白だ。
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 最小の値(西会津町)の面積を最初に決めたため、密度の大きいところは重なり合って見にくくなってしまったが、大まかな傾向はわかる。飯舘村の南部を最大として、中通の県央〜県北にかけて、密度の高いところが多い。

 前回の記事(「もし3月15日、東京に“なごり雪”が降っていたら…」)でも書いたように、これまで最大の放射能放出があった3月15日は、おそらく南〜南南東に向かった放射能雲と、北西に向かった放射能雲があったと思われる。確証はないが、南に向かった雲は2号炉の爆発格納容器損傷の際の、北西に向かった雲は4号炉の火災の際のプルームかもしれない。あるいは一連のプルームが分かれたのかもしれない。いずれにせよ、南に向かった雲は東京付近まで南下した後、風向きが変わり内陸部を北上。中通を通って福島市付近にまで達した。北西に向かった雲はゆっくりと漂いながら飯舘村付近にまで達した、という動きが考えられる。

 セシウムは、その時間帯に雨または雪が降っていたところに、高濃度に降下・沈着しているのである。中通りで言えば、郡山から福島に掛けてのセシウムは、いったん南に下った雲が北上したものが起源だろう。

 あらためて、「もし3月15日に、東京になごり雪が降っていたら」、と考えずにいられない。
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by greenerworld | 2011-04-08 08:07 | 3.11後の世界  

もし3月15日、東京に“なごり雪”が降っていたら…

 東電福島第一原発の事故による放射能汚染が止まらない。ここ数日は海洋への汚染にメディアの報道が集中しているが、実は陸上の汚染も予想以上に深刻なのではないかと考えている。今中調査チームによる飯舘村の調査でも、土壌に沈着したセシウム137が数十万〜数百万ベクレルに達していることがわかっている。原発により近い場所ではさらに高濃度に沈着している場所があると思われる。

 この地域(原発の北西)に放射性物質が大量に降下沈着したのは、15日から16日にかけてのことと考えられる。この日何があったのか。南西方向に200km離れた東京のデータで見てみよう。

 東京都の環境安全研究センター(新宿区百人町)では、1時間ごとの大気中の放射線量(線量率)を観測し公表している。線量率の値は3月15日に2度ピークを示したものの、その後は低下、22日に再び上昇した。

 同センターの過去のデータを見ると、原発事故の影響のない3月10日までの平均値(自然放射線による、いわゆるバックグラウンド値)は0.035マイクロシーベルト/時。東京のバックグラウンドは0.05マイクロシーベルト/時程度と言われているし、また30日に東京秋葉原で計測した際にも、同センターが約0.1だったのに対して、実測で0.15程度出ていたので、同センターの線量率は低めに出ていると思われる。そこで、同センターのデータを0.7で割って補正し、プロットしてみたのが、下のグラフだ。
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 詳細な時間で言うと、15日には10時台と19時台の2回、大きなピークがある。さらに翌16日4時~5時台にもやや低いピークがある。この日は朝6:10に2号炉が水素爆発ののち格納容器損壊、4号炉で9:38に火災が発生している。16日は5:45に4号炉で火災が発生している。これらの爆発や事故に伴って放出された放射性物質が、上空をただよい風に乗って東京付近にも到達したと考えられる。

 東京大学理学部の早野龍五教授は、ツイッターで「3月15日の朝、福島第一原発から大量放出があり、放射性物質を含む空気塊が南下。午後にこれが福島中通りを北上して宮城県境に滞留し、降雨で落下。その後空気塊は太平洋上へ」抜けたとしている。

 一方、米軍が上空から航空機で地上放射線をサーベイした結果が公表されているが、これによると、福島第一原発から北西方向に帯状の放射線量率の高い区域が伸びている。これを考えると、午前中に一連の放出があり、時間帯によって南または南東に向かった放射能雲と北西に向かった放射能雲があったのではないかと思われる。飯舘村のアメダスサイトはこの日昼から復旧したが、この日は概ね東南東または東の風で、ごく弱い。比較的低空を谷筋に沿ってゆっくりとただよい、浪江赤宇木付近から飯舘村に掛けて、折からの雨でたたき落とされ、一部が川俣町から福島市方面にも向かったのではないかと思われる。
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 一方南に向かった放射能雲は、東京近辺まで達した。その時間帯、東京は曇りではあったが、雨や雪は降っていなかった。多少の降下はあっただろうが、放射能雲はそのまま通過したので、線量率はすぐに低下した。しかし、この日は本州南岸を低気圧が通る気圧配置だったので、低気圧がもう少し発達していれば雨か雪が降っていたかもしれない。もしそうなっていたら、当然ながら高濃度の放射性物質は雨や雪に伴い、地上に降下・沈着していただろう。おそらく東京は高濃度に汚染されていたと思われる。

 都立産業技術センター駒沢支所での「大気浮遊塵中の核反応生成物測定結果」では、15日のヨウ素131は10時台に241ベクレル/m3、セシウム134が64ベクレル/m3、セシウム137が60ベクレル/m3なのに対し、何らかの放出があり東京に達した21日は8時-10時台の1時間あたり平均でそれぞれ、7.8、3.4、3.3ベクレル/m3と、18分の1から30分の1なのだ。にもかかわらず21日は降雨があったため、放射線量率は高くなり、水道水に規制値を超えるヨウ素が検出され、ミネラルウォーターが売り切れる騒ぎとなった。その影響はいまだに残っている。

 もし3月15日に、本州南岸を前線を伴った低気圧が進むような気圧配置(下の図は雨だった3月7日の天気図)であったなら、なごり雪とともにおそらく相当量の放射性物質が降り注いでいたはずだ。汽車を待つ君の横で僕は、時計ではなく線量率計を気にしなければならなかっただろう。
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 東京は単に幸運だったに過ぎない。そのことに気づけば、東京の人も福島の状況が他人事ではいられなくなるはずだ。福島第一では、まだ危機は続いている。それでもなお、あなたは原発を推進するという都知事候補に投票するだろうか。
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by greenerworld | 2011-04-06 16:07 | 3.11後の世界  

飯舘村周辺放射能汚染調査暫定報告の発表と対策について

2011年4月4日

報道関係者ならびに関係機関各位

飯舘村後方支援チーム 代表 糸長浩司
(日本大学生物資源科学部 教授)

 たいへんお世話になっております。

 このたびの東京電力福島第一原子力発電所事故に伴う放射性物質放出により福島県相馬郡飯舘村は大半が避難勧告・屋内退避勧告の範囲外であるにもかかわらず、県内他地域に比べて空中線量率が高く、土壌が高濃度の放射性物質によって汚染されていることが推察されました。実態を把握するため、3月28日、29日の両日、京都大学原子炉実験所今中哲二助教を代表とする「飯舘村周辺放射能汚染調査チーム」が現地入りし、村の協力を得て、汚染度の詳細かつ広汎な調査を実施いたしました。本日、その暫定的な報告書がまとまり、同調査チームより村に送られるとともに、京大原子炉実験所のサイト上に掲載されました。

 調査報告書のURL:
 http://www.rri.kyoto-u.ac.jp/NSRG/seminar/No110/iitatereport11-4-4.pdf

 同報告書は、飯舘村の南部を中心に30kmの圏外であっても高い放射能汚染地域が存在すること、一部地域では、15日以来の累積で国の指標によって「避難すること」とされる被曝量に達しつつあること、土壌への高濃度放射性セシウム沈着が見られること、などが明らかになったとしています。この汚染は、15日朝、第一原発2号炉の格納容器破壊に伴い放出された放射能雲が飯舘村付近に達し、折からの雨や雪で降下、沈着したものと思われる、とのことです。

 この報告書を受け、後方支援チームとしては、村に対して以下の提案を行いました。
1)道路・建物敷地での徹底的な除洗を、国または県に要請する
2)南部の曲田等の土壌の放射性物質の蓄積による放射能線の高濃度地区住民は、村外か、村内の比較的濃度の低い地区等に当面避難する
3)子ども・妊婦は、村外への避難が望ましいが、最低でもコンクリート建物内に避難して頂く
4)外での農作業等は極力控える

 もとより、今回の放射能汚染に関して、村には何ら責任はありません。しかし、村は屋内避難勧告地域に一部がかかるだけで、大半が圏外であるため、国や県からの明確な勧告や支援を得られていません。こうした状況に鑑み、後方支援チームとして国や県に対して、以下を要望いたします。
1)30km圏の線引きにこだわらず、汚染状況に応じたきめ細かい対応・対策と支援
2)既に文科省等が実施してきた土壌調査の結果の速やかな公開
3)今後中長期にわたる詳細なサーベイの実施とその結果の公開
4)すみやかな汚染除去対策の実施
5)村民に対する健康管理の実施
6)避難や今後の対策にかかわる費用の補償

 今後とも飯舘村への皆様の温かい支援・協力をお願いいたします。

●飯舘村後方支援チームについて:日本大学生物資源科学部糸長研究室では、飯舘村と共同で持続可能な村づくりを目指すさまざまな取り組みを15年にわたり行ってきたことから、今回の東電原発事故災害に伴う、情報収集・広報・助言などを行っている。今回の「汚染調査チーム」にもメンバーが参加している。

URL=http://www.ecology-archiscape.org/
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by greenerworld | 2011-04-04 14:11 | 3.11後の世界  

国は同心円状の線引きを見直し、汚染地域の支援を

 ずっと悪い夢を見ているような一週間でした。月曜日から福島市を経由して飯舘村に入り、2日間にわたり調査のお手伝いをしてきました。調査結果はまだ分析中ですが、調査団と村が共有したうえで、近いうちに公表できるようになると思います。一つだけ言えることは、飯舘村内でも汚染度にはばらつきがあるということです。また飯舘村以外にも、飯舘村以上に高濃度に汚染した地域もあると聞いています。

 一方で、30kmの圏内であっても、西部や南部ではそれほど高い値が観測されていないところもあります。県の観測ポストの限られた数値からも、汚染が同心円状に広がっているのではないことが明らかですし、それは3月23日に発表されたSPEEDIのシミュレーションにも示されています。

 短〜中期的に住民の被ばくを最小限に抑えること、さらに今後の地域の復興・再生を考えた時に、必要なのは汚染状況に合わせたきめ細かな対応・対策です。そのためには空間線量率だけでなく、土壌中のヨード、セシウムなどの放射性核種の量も含め、汚染の実態を詳細に把握することが欠かせません。ところが飯舘に関しては県が土壌のサンプリングを行いその結果が国に渡っているにもかかわらず、いまだに公表されていません。30日のIAEAの独自サンプリングデータやそれに基づく助言については、原子力安全・保安院はそれを否定するようなコメントすら出しています。自ら引いた「線引き」の正当性を守るために、官僚たちがあえて不都合なデータを握りつぶそうとしているようにすら思えます。

 かつて原発立地地域では事故を想定した避難訓練すらタブーだったことを思い出します。安全神話を揺らがせてはならないからです。原発事故は「想定外」であったため、国すらも大規模な事故におけるマニュアルを持たず、いたずらに初期の線引きに固執しています。線引きからはずれた地域は支援の確約もなく、一方で住民の健康や安全の確保と復興に取り組まなければならない。いまや一自治体の首長の判断範囲を超えています。いたずらに安全を振りまくのではなく、一刻も早く、政治=官邸がリーダーシップをとって、線引きの見直しと支援を決断すべきです。そのうえで、汚染度に応じたリスクとそのリスクを軽減する対策を示し、住民が判断できる材料を提示すべきです。

 津波被災地と異なり、現地には見た目は何も変わらぬ風景が広がっていました。路傍に咲くオオイヌノフグリの花が、春の訪れを告げていました。その可憐な青い花を見て、涙を禁じ得ませんでした。放射能、放射線は目にも見えないし、臭いもありません。それが原発災害の恐ろしさです。原発被災地にこれ以上「罪無き罰」を課してはなりません。
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by greenerworld | 2011-04-03 16:02 | 3.11後の世界