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原子力は安全という虚構の果てに無法状態が続いている

 国会議員は何をしているのだろうか。被災地に短時間顔を出してパフォーマンスはするものの、肝心の国会ではほとんど動いていないではないか。

 今回の福島第一は事故ではなく事件、災害ではなく犯罪だと思っている。東電はコストを優先し安全対策を怠り、これまでに繰り返してきたと同様に事故隠しをした。その結果初期対応を誤り汚染を拡大させた。政府はパニックを誘発させないという理由で汚染を隠し、しなくても済んだ被曝を住民に強いた。

 原発は絶対安全という虚構によって、原子力災害対策には、これほど大規模で広範囲の放射能汚染に対処する法的な枠組みがない。その虚構の果てに生じた無法状態が続いている。

 環境省も厚労省も「原子力」の壁に手が出せない。除去された汚染土壌は放射性廃棄物なのに処分は宙に浮いている。地域全体が放射線管理区域の10倍もの線量なのに、そこにある職場で労働者が働いていいという。食品安全基準が守れなくなれば、基準を上げてしまう。セシウムをたっぷり含んだ汚泥がいつの間にかセメントに混ぜられている。無法状態の中で「特例」がまかり通っていく。

 一体、これが法治国家と言えるのだろうか。法がなければ作るのが立法府の役目だろう。せめて法で歯止めをかけておかないと国民の健康と安全と財産はどこまでも侵害される。国会議員は英語でローメイカーという。ローメイカーなら大至急法律を作ってこの無法状態を脱してほしい。事件はまだ続いている。今もそこで被曝し続けている人がいるのだ。
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by greenerworld | 2011-05-20 13:41 | 3.11後の世界  

山下俊一長崎大学教授の牽強付会

 福島県放射線健康リスクアドバイザーである長崎大学教授山下俊一氏が、県内で年間100mSv以下の低量被曝は健康に影響ないと話しているが、その根拠は確率論の都合の良い解釈だと、「読む・考える・書く」というブログサイトが指摘している。

 同ブログによると、週刊朝日4月22日号の鎌田實氏との対談の中で、山下氏は次のように語っている。

「僕はそれにあえて「大丈夫だ」と言うわけですよ。理由は、1回、100ミリシーベルト浴びると、細胞には傷が100個できます。1ミリシーベルト受けると細胞の傷が1個できます。1個の傷は体がすぐ治します。100個の傷はときどきエラーが起こる」(ブログ子注:「細胞」というのは細胞内の遺伝子のことと思われる)

 これに対して「読む・考える・書く」は、エラーが起こるかどうかは確率的な問題であって、「(1人が100ミリシーベルトを浴びて細胞にできた)100個の傷でときどきエラーが起こるというなら、1ミリシーベルトを浴びた100人の誰かにも、ときどきエラーが起こるはずだ」と指摘する。結論から先に言えば、これは全く正しい。そもそも、ICRPは100ミリシーベルト以下について確率的影響説を取っているのであり、これは山下氏も認めているのだ。にもかかわらず、1ミリシーベルトを浴びた場合の傷はたった1個だから、人間はすぐに直してしまうと言う。だから大丈夫なのだと。全く矛盾しているではないか。

 確率論を理解しないで言っているなら、科学者とはとても言えないし、もし知っていてごまかしているなら、悪質である。そもそも100ミリシーベルト以下が大丈夫というならば、人間は遺伝子が受けた傷を1度に99個までは治せるということになる。100個ならときどきエラーが起こるが99個なら起きないのか、それとも直せるのか、問題がないというのも面妖である。

 1ミリシーベルトで傷が1個という根拠も聞きたいのだが、次の山下氏の講演会があったらどなたか質問していただけないだろうか。
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by greenerworld | 2011-05-09 16:54 | 3.11後の世界  

点で面の安全は語れない:マイクロホットスポット

 「点で面を語る」これは往々にして陥りがちな過ちだ。取材でも当事者全てに話を聞くことはできない。被災地に入ってたまたま1人に「××が足りない」と聞き、被災地では「××が不足している」と伝えると、誤った情報になることもある。もちろんどうしたって全てのデータは網羅できない。だから科学的には一定のサンプルを取って、さまざまな手法を使い、点で「面を語らせる」努力をする。しかし、それでも実態を伝えきれない限界がある。

 ましてや、福島県の学校の土壌調査や放射線量調査は、学校の敷地内のさらに小さな点で行った調査である。この場合、被曝を防ぐために必要なのは実際に子どもたちが生活し遊ぶ場として、彼らの行動パターンも考慮し、きめ細かく汚染度を把握することだ。どこか1点の数字で全体の安全を主張するのはそもそも間違っている。

 私が実際に福島県内のあるお宅で調べた時には、敷地内でも放射線量に大きなばらつきがあった。屋根から雨水が滴る場所は、他よりかなり高い。雨水の集まる側溝も同様だ。最も高かったのは雨樋からの雨水を浸透させている花壇で、驚くくらいの数値だった。

 福島市内で調べられた例では、すべり台の下(すべり降りてきて足を着く場所)も高かったという。校庭の自転車置き場や遊具・運動具を入れる小屋の回りなども雨だれが滴り高くなっている可能性が高い。

 こうした「マイクロホットスポット」が、敷地内にもたくさんある。もちろん面積は狭くそこから離れれば線量は下がる。しかし子どもたちが比較的長く居続ける場所で、線量が高くなっている場所が確実にあるはずだ。子ども目線で、彼らの行動パターンに合わせて、きめ細かい調査をした上で、年間被曝量を見積もらなければならない。その上で初めて安全性に関する議論ができるし、被曝量を減らす対策をとることができる。

 この問題に関して、文科省や県は、まず点で面を語ることをやめるべきだが、このままでは彼らは動かないだろう。としたら自衛するしかない。学校敷地内の線量調査を進める市民グループの詳細な調査を期待したい。データを示して文科省や県を突き崩そう。
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by greenerworld | 2011-05-07 16:42 | 3.11後の世界  

児童を守る橘小学校の気概

 独自の放射線量率測定値を学校サイトに掲載していて、文科省から止められた郡山市立橘小学校。それを黙って中止するのでなく、その経緯をサイトに載せた。しかも独自計測は続け、学校便りで保護者に知らせている。学校便りのpdfファイルはサイトに掲載するので、リアルタイムではないが、事実上公開を続けるということである。痛快痛快。

 文科省の役人には、元々お前らの給料の半分(今は1/3だが)は国が(ほんとは国民の税金から)出しているんだ、現場の教師が国を差し置いて勝手なことするんじゃない、という意識がある。郡山への圧力は汚染隠しもさることながら、文部官僚の根深い現場蔑視が根にあると思う。しかし、彼らが子供たちのことを真剣に考えているとはとうてい思えない。

 橘小では、校舎の洗浄を行い、連休中に校庭の汚染土の除去も行ったという。子どもたちの安全と健康を守ることが学校の使命だとすれば、当たり前のことをやっているに過ぎないのだが、国や県はその逆のことばかりし、邪魔をする。ブログ子は、この学校の姿勢を強く支持する。

 郡山市立橘小学校ホームページ
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by greenerworld | 2011-05-06 00:05 | 3.11後の世界  

100mSv以下の健康影響、リスクがないのではなく「わからない」

 子どもたちを大人と同じ基準の年間20mSv(ミリシーベルト)の環境で過ごさせても大丈夫なのか──多くの人が強い懸念を抱いている。福島県内では原発周辺のみならず、中通と呼ばれる郡山市や福島市でも、平常時をはるかに上回る空間線量率が続いている。一方で避難地域の基準は、積算被曝量で年間20mSvを超える地域とされた。逆に言えばそれ以下であれば「安全」だという論だ。学校での基準も、年間20mSvに相当する毎時3.8マイクロSv以下なら安全だとする。放射線の影響が大きいと言われる子どもたちに、大人と同じ基準を当てはめることに、親御さんたちの不安が高まっているのは当然だ。

 国立がん研究センターは、福島県在住の人を対象に2万人分の個人線量測定バッジを用意し、3か月に1度回収して外部被曝の積算量を測定することを国に提案したという(4月14日)。報じた日経新聞電子版記事によれば、同センターの嘉山孝正理事長は「1回の被曝量が100mSv以下なら、癌などの発生率上昇の可能性は高くならないとされる」としたうえで「個人の被曝状況を正確に把握できれば、被災者が少しでも安心した生活ができるのでは」と語ったという。

 これには違和感を禁じ得ない。バッジ型で、検査機関に送らなければ被曝量がわからないような線量計を着けて安心するのだろうか? むしろ不安が増すのではあるまいか。そもそも放射線業務従事者のような生活を日常的に強いること自体が、異常だとは感じないのだろうか。

 福島県の放射線健康リスク管理アドバーザーである山下俊一長崎大学教授は、県内などの講演で語っている。「年間100mSv以下は明らかな発がんリスクが起こらない」しかしこう続けているのだ。「わからないんですね」(5月3日の二本松市での講演より)。彼も、100mSv以下でも確率的影響のあることは認めている。しかしそこに科学的に証明できるようなデータはないと言いたいのだろう。それならばリスクがないという言い方ではなく、わかっていないことをふくめてリスクを最小限に抑えるように伝えることが医師でもある彼の第一義的な務めではないだろうか。

 山下氏は1986年に事故を起こしたチェルノブイリ原発周辺地域にも何度も入り、調査や医療支援に当たってきたそうである。彼の主張では、チェルノブイリ事故後有意な増加が見られたのはヨウ素131の内部被曝を主因とする小児甲状腺癌だけで、土壌などに沈着した放射性セシウムの影響はほとんどないということだ(4月5日、日本財団緊急シンポジウムでの講演;記事「放射性セシウム汚染で疾患は増えない」)。

 しかし、チェルノブイリ原発事故後に高濃度に土壌中にセシウムが沈着したスウェーデンで、M.トンデルらは、110万人以上を対象に1988年から99年にかけて癌の発症率を調査し、セシウム137の濃度に応じて発症率が高まっていることを示した。年間10mSv以下に相当する地域でもこうした傾向は見られた(美浜の会「チェルノブイリ原発事故後のセシウム汚染地帯でがんの過剰発生が確認されている」)。こうしたデータについては彼らは全く触れない。

 郡山市では4月27日、独自に市内の薫小学校の校庭の土を除去したところ、空間線量率が除去前の毎時3.3マイクロSvから毎時0.5マイクロSvへとかなり低下した。ところが、文部科学大臣や官房長官は汚染土除去の必要はないと言っている。その後、汚染土は埋立もできず校庭の一角に積み上げられたままだ。その除去した校庭汚染土を枝野官房長官は「放射性廃棄物だ」と言った(5月1日)。それなら、福島県の子どもたちは放射性廃棄物相当の土の上で運動したり遊んだりすることになる。

 汚染土除去が必要ないとする文部科学大臣や官房長官は、年間20mSvが安全だと言っているに等しいが、そもそも年間積算線量20mSvというのは、これを提案しているICRP(核エネルギーを推進する立場の組織)でも、原発事故収束後の復旧時のもので、速やかに平常時の年間1mSvに戻すことが前提となっている。であれば、線量を下げるために建物や道路の洗浄、汚染土の除去などの除染を徹底的に行うべきであろう(もちろん東電の負担で)。さらにICRP基準は外部被曝(環境にある放射性物質からの被曝)のみで、放射性物質を体内に取り込んだ場合の内部被曝は考慮されていない。年間被曝量を考えるなら当然内部被曝を考えるべきだろう。子どもたちは校庭や公園で泥だらけになって遊ぶのだから。山下教授の考えによればそうした場合に傷口や口から取り込まれる放射性セシウムは全く考慮する必要はないということらしい。

 山下教授らは医師ではあるが、本質は研究者なのだろう。放射線の影響を研究する研究者にとって、数十万人規模で疫学データが得られる機会はめったに訪れない。線量計も持たせて個人被曝量が把握できればより詳細なデータを取ることができる──まさか、そんなことを考えているとは思わないが、「100mSv以下は明らかな発がんリスクは起こらない。わからないんですね」に続いて、こんな言葉を飲みこんでいるのかもしれないとつい想像してしまうのだ。

 「それはこれから先皆さんのデータを時間をかけて追跡していく中でわかってくると思います。だから“安心して”ここに居続けてください」
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by greenerworld | 2011-05-05 16:00 | 3.11後の世界