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R399を飯舘から浪江に

 先週は23日夜、日大の糸長教授、兵庫県立医大の振津かつみ医師らと飯舘村で負げねど飯舘の皆さんと打ち合わせ。24日は山形県小国町に行く予定だったが豪雨で中止になってしまったため、放射線量調査に加わることにした。

 3月29日に今中チームで行った調査の計測コースをGPSでたどり、同じ場所の空間線量率を、同じ線量率計(アロカPDR101)で計測して記録していく。もちろん、その後の放出のことを考えても、少なくともヨウ素131はほぼ消えているので、3月の数値に比べればかなり下がっているのだが、それでも低いところで毎時2マイクロシーベルト前後、汚染のひどかった南部ではまだ毎時10マイクロシーベルトを超えるところが出てくる。3月に毎時30マイクロシーベルト超だった長泥曲田の牧草地は、今回約毎時16マイクロシーベルトであった。

 その後、国道399号線を長泥交差点から浪江町津島地区へ向かって南下した。文科省などの汚染マップで、浪江町赤宇木から下津島にかけてが原発近傍を除いて最も汚染がひどい。この地区から飯舘にかけての汚染の濃淡が知りたかったのだが、町村境の山に差しかかるあたりからどんどんサーベイメーターの数値が上がり始めた。車内(車外の7~8割に減衰)でも毎時10マイクロシーベルトを超え、浪江に入ってすぐの林内でとうとう16マイクロシーベルトに達した。車外に出て計るとPDR101は19.99を表示、このサーベイメーターではこれが計測限界だ。一瞬、3月にタイムスリップしたかのような感覚に陥った。

 糸長教授が持ってきたGM計測器で計ると、草地の上で毎時50マイクロシーベルトという値を表示した。今回の汚染ではこのGM計測器がシンチレーション計測器の1.4倍程度高く出るとされているので、その分を補正しても毎時30マイクロシーベルトを軽く超えていそうだ。3月15~16日にあったフォールアウト(降下)からすでに100日経過しており、先述のようにヨウ素131などの短寿命の放射性物質はほぼ消えているのだ。ピーク時には毎時数百マイクロシーベルトあったのではなかろうか。

 しかし峠を越えて下っていくと線量率計の値は下がりだし、毎時10マイクロシーベルトを下回るようになった(それでも恐ろしく高いが)。こうしてみるとあの峠のあたりは「ホットスポット中のホットスポット」と言えるのかもしれない。20km圏内は立ち入り禁止であるが、計画的避難区域は一般の車両も入ることができる。今回も(警視庁の)パトロールカーに何度か遭遇したが、停止させられることもなく通行できた。しかし、細かく見ていくと恐ろしいほど汚染された場所が20km圏外にもある。文科省や防衛省などが原発周辺地域の線量率を毎日移動計測しており、今回のポイントはその計測ルートにあたるので、少なくとも彼らは認識しているだろう。それ以外に山林など、これまで計測できていない場所にもそうしたスーパーホットスポットがあるにちがいない。

 下津島はあのダッシュ村があった場所である。飯舘村からいわきにかけて阿武隈山地を縦断する国道399号は、のどかな山里の風景をつないでいく、大好きな道だった。それがいまや「放射能街道」になってしまったのだ。沿道では雑草が勢いを増して田畑やひとけのない民家を覆いはじめていた。ここで暮らしを営んできた人たちのことを思うと悔しいという一言ではとても言い表せない(写真は飯舘村長泥地区。田畑や家々を覆い隠す夏草)。
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by greenerworld | 2011-06-28 19:47 | 3.11後の世界  

遅い春から夏へ─飯舘村の自然

 いつも飯舘村に行く時は散策したり自然観察したりする余裕もない。いつかゆっくりと動植物を見てみたいものだと思いながら、こんなことになってしまい、別の意味でしっかりと自然を見ておかなければいけないと考えるようになった。
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 前回と今回の訪問では、小宮地区にある「いいたてふぁーむ」に泊めていただいた。ここはより福島第一原発に近く、まだ空間線量が高い。標高は500mくらいで、生き物の世界は春と初夏がいっぺんに訪れているという感じである。ウグイスとホトトギスの鳴き声で目覚め、外に出るとひらひらと飛んでいたのはウスバシロチョウだった(写真上)。東京郊外の山地ではゴールデンウィークのころに見られるので、ちょうど一月遅い。今年は見逃していたウスバシロチョウがここで見られるとは思わなかった。庭にはハナショウブとサクラソウが並んで咲き、梅の実はまだ小さかった。

 いつもの年なら、山あいの田んぼには水があふれ、少し心細げな早苗が風に揺れている時期だろう。しかし、今年は田植えができず、荒起こしのまま雑草が生えだしている。畦畔の斜面に取り付いて草を刈る人を何人か見かけた。たとえ放射能があっても、草を生やしたままにはしておけないのが農家の心情だ。

 いいたてふぁーむのIさんは「生き物のために」と休作する田んぼに水を張った。あぜではシュレーゲルアオガエルがコロコロコロ・・・と鳴き交わしていた。このカエルは田んぼに水が入るとやってきて、水際の土の中に泡に包まれた卵を産む。穴の中にいるので声はすれども姿は見えない。オタマジャクシは孵ると水の中に落ち、育つ。そろそろモリアオガエルも産卵に来るという。

 林にはヤマボウシの白い花が目立つ。遅い春から一足飛びに山滴る夏へと、季節はめぐっていく。しかし人の営みがそこから消えている。ひっそりとした村を走るパトロールカーには「三重県警」の文字があった。
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by greenerworld | 2011-06-07 08:11 | 3.11後の世界  

飯舘村再訪と今中先生の講演会

 6月4日、5日の両日、福島県飯舘村に一月振りに行ってきました。京大原子炉実験所の今中哲二助教、広島大学の遠藤暁准教授と一緒です。お二人は3月末の調査依頼の再訪です。

 今回は放射能汚染調査についての論文が岩波の『科学』6月号に掲載されたので、協力いただいた村にその報告をすることと、村民の皆さんに今中先生から調査結果、さらに今回の事故とチェルノブイリとの比較、放射線の影響などについてのお話をしていただくこと、それとフォローの調査が目的です。

 すでに計画的避難が進んでいて、8割は避難済みまたは避難先が決定済みとのことで、村内に残っている方が少なく、陽だまりの家での集会の参加者はあまり多くありませんでしたが、参加された方には有意義なお話が聞けたと思います。あらてめて内容についてはこのブログまたは「負げねど飯舘」サイトの方で紹介できるとおもいますが、取り急ぎ印象に残ったお話だけ箇条書きにしておきます。

 1)チェルノブイリの時は水蒸気爆発で核燃料そのものが吹き飛んだ。そのため放出された核種の種類が多い。今回の福島では、揮発性の物質が中心で核種の種類はあまり多くない。プルトニウムも出てはいるが、それほど遠くまでは飛んでいないし量も微量。

 2)チェルノブイリは内陸だったが福島は東半分が海。陸上に降った放射能の量はチェルノブイリに比べて少ないが、海の方にどう流れていったかはわからない。

 3)放射性セシウムの137(半減期30年)と134(半減期2年)の比率が、チェルノブイリでは2:1で137が多かったが、今回はほぼ1:1。

 4)ほぼ3か月たってヨウ素131はほとんど放射能がなくなっているので、今後問題になってくるのはセシウム。空間線量はチェルノブイリよりは早く減るだろう。

 5)今後住宅一軒一軒を含めて全体の細かい汚染レベルを把握すべき。

 6)健康リスクについてはよくわからない部分はなるべく危ない方に考えておくのがリスクマネジメントの考え方。とくに行政はそういう対応が必要。

 「きちんと調査をしなければそれはなかったことと同じになってしまう」という言葉に、科学者としての責任感を感じました。
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by greenerworld | 2011-06-06 20:38 | 3.11後の世界  

[MOVIE]10万年後の安全

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 10万年前といえばまだ人類(ホモ・サピエンス)はアフリカにとどまり、中東・ヨーロッパにはネアンデルタール人が、アジアにはホモ・エレクトゥスが君臨していた時代だ。

 では今から10万年後には、どのような人類がどのような文明を築き、どのような言葉を話しているのだろうか。

 マイケル・マドセン監督の『10万年後の安全』(原題:Into Eternity)は使用済み核燃料の地層処分をテーマにしたドキュメンタリー映画だ。オープニングはフィンランドの凍てついた大地に掘削された地下トンネルへの入口を映し出す。ここでは地下400m以上、距離は数kmにも及ぶ広大な地下空間の掘削が進んでいる。オンカロとはフィンランド語で「隠し場所」という意味だという。ここに隠されるものとは原子力発電に使った後の使用済み核燃料である。その中には半減期が2万4100年というプルトニウム239や6560万年のプルトニウム240が大量に含まれている。

 オンカロには、中間貯蔵施設で数十年間冷却されたあとの使用済み核燃料が埋められる。使用済み燃料には何重ものシールドが施され、放射能がなくなるのを待つ。アルファ線を放出するプルトニウム239の放射能は、10万年を経てようやく元の16分の1まで減ずる。オンカロ・プロジェクトの終了は100年後。その後はオンカロ自体がほぼ永久に封印されることになる。オンカロの建設が進んでいる場所は、18億年前からの安定した地層だという。

 映画は、関係者や専門家へのインタビューと、オンカロ建設現場、建設現場で働く人々の姿を淡々と追いながら、未来の“人類”に語りかける形で進む。しかし、未来の人々に絶対に掘り起こされないという保証はない。マドセン監督は、一体どうやって彼らにこの場所が危険であるのかを知らせるか、そんなことが可能なのかを問う。10万年もの間変わらないコミュニケーションの方法はあるのか。危険を知らせるはずの石碑が逆に彼らに好奇心を抱かせてしまわないか。口伝のような方法が有効なのか。そもそも彼らはホモ・サピエンスであるのか。数万年あれば新しい種に入れ替わっていたとしてもおかしくない。

 世界にはすでに25万トンもの使用済み燃料がある。その処分方法がはっきりと決まっているのはオンカロだけだ。日本でも最終処分は地層処分が想定されている。しかしその調査ですら、いまだ正式に実施できた場所はない。だいいち日本にはオンカロのような安定した地層はどこにもないのである。

 たったいまあなたが使っている電気を起こすために、原子力発電所では処分のあてのない使用済み燃料が溜まり続けている。その量は日本だけで年間1,000トンにも及ぶ。

 全国巡回上映中。

 10万年後の安全公式サイト
 http://www.uplink.co.jp/100000/

 オンカロ・プロジェクトの英語ページ
 http://www.posiva.fi/en/research_development/onkalo/
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by greenerworld | 2011-06-03 18:17 | レビュー