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除染だけが復興ではない(東京新聞寄稿の続き)

 11月30日付東京新聞朝刊(首都圏版「談論誘発」)に「除染と帰還だけが復興か」として寄稿させていただいた。1200字の制限なので伝えきれなかったこと、執筆時点(11月21日)以降の情報も踏まえて、少し書いておきたい。

 飯舘村に限らず、策定が進む汚染地の復興計画は「除染して帰還」が前提になっている。しかし、それは「計画」というより「希望」と言った方がいい。これまでこれほど広範囲に汚染された地域を除染した経験はどこにもない。チェルノブイリ周辺でも、除染はいたちごっことなり結局はあきらめた。これまで実施した除染モデル事業は全て小面積の限定的なもので、高濃度広範囲に汚染された地域に、しかも山林が7~8割という地域全体に応用できる技術かどうか、誰にもわかっていない。費用も期間も含めて、放射能の除染はすべてが未知の世界である。

 国の除染基本方針では、2年後の目標値は年間被曝線量50%削減である。ところがそのうち8割は半減期分をみているのだ。結局国も除染について自信があるわけではないらしい。にもかかわらず2割分のために莫大な費用をかけるということになる。しかし、高汚染地区では、2年で半分になったとしてもとても戻れるものではない。

 たとえば先行する飯舘村の復興計画では、除染期間は住環境2年、農地5年、山林20年を目標としている。村民の中にはこれを疑問視する声も強い。地域は4分の3が森林であるから、20年は放射能に囲まれて暮らすことになる。農地にも放射性セシウムが流れたり飛んだりしてくるだろう。実際、福島市や伊達市の米で高濃度のセシウムが検出されたのは、周辺の山林から流れ込んだ可能性が高い。すでにセシウムは環境中に入り込み、どのような動きをするか皆目見当もつかないのだ。もとより除染は、元のように暮らし仕事をするために行うはずだが、ひっそりと家の中で放射線を浴びないように暮らし、とれたものも食べられないような生活で、果たして「復興」と呼べるのだろうか。多くの避難住民は、そうした現実を理解しているように思われる。今の国の除染方針は「机上の空論」と批判する住民もいる。

 11月26日夜に開催されたの飯舘村「除染説明会」のユーストリーム中継を見たが、あの説明で納得し安心した方は、会場にも中継を見た方にも一人もいなかったのではないかと思われる。そのくらい、村民の質問、疑問に国から出向の役人はまともに答えていなかった。はぐらかしているのではない。本当にわからないから答えられないのだ。

 これまで、国は「除染して帰還は住民の要望」だから、国の責任においてその方針を打ち出したという流れになっているような気がする。だが11月26日説明会での飯舘村長の説明を聞くと、国が除染という方針を打ち出したからわれわれとしてはしっかりやってもらいたい、と話がすれ違っている。

 どこかで、高濃度汚染地域において長期間帰れないことを口にすることが政治家や官僚にとってタブーになったのではないかという気がする。あるテレビ番組のインタビューで、警戒区域から避難している住民の方が「誰も悪者になりたくないから帰れないと言わない」と批判していたが、実際にその程度のことなのかもしれないのだが……。

 われわれの調査(日本大学生物資源科学部糸長研究室―NPOエコロジーアーキスケープ共同実施ヒアリング)では、「帰りたい」という高齢者でも「子どもや孫は帰らせられない、帰ってこないのは仕方ない」と述べている。若い層、とくに子育て世代では帰還の意思は少ない。除染にも期待する声もほとんど聞かれない。もちろん誰もが「帰りたい」と願っているが、「帰りたいけれど帰れない」のが実態である。

 村民には「若い人がいなくなって村と言えるのか」、「高齢者しか住まないのでは20年、30年たてば村はなくなってしまう」という声もある。村民はきちんと現実を冷静に見て判断している。26日の説明会中継を見て、ますますその思いを強くした。多くの村民の率直な思いを直接ぶつけられても、まだ「除染して帰還は住民の要望」だと、国は言い続けられるのか。

 放射性物質はなくならない。ただ放射能は半減期に従って減る。2年では半分にしかならないが、セシウム137の半減期である30年を経過すれば、ほぼ同量放出されたセシウム134の放射能は消滅しているので、そのまま置いておいても放射能で4分の1になり線量率では6分の1程度になる。雨での流出、地中への沈降を考えれば、8分の1〜10分の1になると期待できる。もちろんこれもあくまで期待であるが、何もしなくても時間がたてば放射能は減るのである。

 莫大な除染費用は、国民全体の負担になる。そのコストをかけた結果汚染は除去できず、ずるずると時間がたって、地域社会も消滅する可能性は決して小さくない。そこで得をするのは一体誰か。原子力関連団体が除染事業の差配を請け負い、その下にゼネコンが均等に連なる構造を見れば、ああこれは旧来の構造そのままだとわかる。公共事業が減ったゼネコンには千載一遇のチャンスでもあるし、幾多の業者がここを先途と福島に群がっている。

 このまま黙っていると「壮大な愚行」を認めることにはなるまいか。今からでも遅くない、住民の声をしっかりと聞き、取り入れた復興計画を作る方向へシフトすべきだろう。とくに飯舘村民は事故直後に避難対象にもならず、計画的避難で3か月半も高線量の地域にとどまった。また避難が遅れた分、仮設住宅や借り上げ住宅は各地に分散し、コミュニティがバラバラになっている。その間に受けた被曝を考えれば、できるだけ線量の少ない地域に避難し、そこでコミュニティや文化を維持しつつ、生活と仕事の再建を目指すことが望まれる。その間に東電と国の責任で除染を進めるにしても、線量の低いところから行い、普通の生活に戻れるようになった場所から段階的に帰還する、中長期的な復興プランがあっていいはずだ。

 ただ先の説明会での村長の思いには変化も感じた。これまで除染・帰還一辺倒だったのが、26日の説明会では「帰って来られない若い人たちのことも考えなければ」という言葉が聞かれた。

 談論誘発では、中長期かけて帰還する現実的な避難・復興計画の必要性と、まとまった土地の手当てやそこでの生活・仕事再建のための支援を訴えた。ただ、土地や復興住宅には公的補償──見通しのない除染にかける費用を最小限にして──をあてるとしても、仕事の再建には必ずしも補助金は必要ない。避難している人たちの持っているさまざまな技術やノウハウを生かして、新しいコミュニティビジネスを作っていければいいと考えている。全国の皆さんに応援していただきたいのは、商品の購入、販売先や顧客の紹介、出資などの面である。食品であっても、しっかりとした検査態勢をつくり、トレーサビリティを構築することで、安心して食べてもらえるのではないか。

 そんなしくみをつくっていきたい。それはたぶん他の被災地や疲弊する中山間地再生への復興ともつながるのではないだろうか。
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by greenerworld | 2011-12-01 20:00 | 3.11後の世界  

311後のクルマの世界?

 2年に一度開催される国内最大の自動車展示会・東京モーターショー(一般公開日2011年12月2日〜11日)。例年は千葉・幕張メッセでの開催だが、2011年は東京ビッグサイトでの開催となった。集客を考えてとのことだが、実際には出展者が減り、ビッグサイトでも対応できるようになったということなのかもしれない。ただリーマンショックを引きずっていた前回2009年より、ヨーロッパ系メーカーの出展は増えた。

 少子高齢化に加え、若者のクルマ離れが進み、縮小する日本の自動車市場。石油価格上昇や地球温暖化問題も追い打ちをかける。そこを乗り越えるコンセプトがどこかのメーカーからか出てくるかと期待しているのだが、もともとがクルマ好きの集団である既存の自動車業界にそれを求めるのはなかなか難しいのかもしれない。

 トヨタがRe Bornをコンセプトに掲げ、大人になったドラえもんとのび太の世界をCMで描いて話題になっている。しかし、人気のキャラクターを使って若者をクルマに惹きつけようと考えるより、車に興味のない若者にコンセプトづくりをまかせてみたらどうだろう。新しい乗り物について、もっと突き抜けた発想が出てくるのではないかという気がする。

 会場を回って、2000年代前半にあれほどもてはやされた燃料電池車(FCV)が目立たないことに気づいた。燃料の水素の原料や積載の問題、実質的な燃費など、現実的に考えると、FCVには課題が多く、決して“究極のエコカー”とは言えない。現実的な選択としては、ハイブリッド車(HV)とその先にあるプラグインハイブリッド(PHV)だろう。

 ハイブリッド車は各社が出展し普通の車になってきたけれど、まだ先行2社(とくにトヨタ)と他社の間には差が大きい。これは内燃機関車(ICEV)の燃費を向上する技術と考えればよいが、小型量産車に搭載している限り燃費は40km/㍑くらいが上限だろう。

 これに対して、充電もできるプラグインハイブリッド車(PHV)が来年1月末にいよいよ上市される。トヨタのプラグインプリウスだ。近距離走行ではバッテリーEVとして、中長距離ではガソリンを燃料にHVとして走るツインモード。燃費は充電分と合わせて61km/㍑という。現行の車の延長としてはこれが当面の解だろう。

 だがPHVはエンジン、ガスタンク、モーター、バッテリーとたくさんの装備を積載するので、重量もサイズも大きくなる。クルマの空気抵抗は速度の3乗に、接地摩擦抵抗は重量に比例する。当然その分効率は悪くなるわけだ。PHVは実はこうした矛盾も抱えている。

 電気自動車(EV)はエンジンとガソリンタンクを積まない分、コンパクトにできる。しかし、航続距離を伸ばそうと思えばバッテリーをたくさん積まなければならない。そうすると重量が増え、車体も大きくなり燃費が悪くなる。EVに限らないが、遅く軽いほど燃費はいい。だがとくにEVではどのような使い方をするのか、シーンを考えた提案が必要だ。

 以前からあったコンセプトではあるが、三菱、日産、ダイハツが展示していたのが前後2人乗りのタウンコミューターEV。しかし日本ではこのタイプの乗り物は車検を通らず、公道を走れない。フランスには免許の要らない「クワドリシクル」というジャンルがある。軽自動車と自転車の中間の位置づけ。これはEVに向いている。日本でも規制緩和が必要だろう。ダイハツ自動車のコンセプトモデル「Pico」の前で解説員を務めていた、同社の北川尚人取締役は「こうした規格の乗り物が日本で走れるようにしたい」と言う。都市部では買い物や送迎など1回数km、1日合計でも20〜30kmという利用である。今この分野は軽自動車。規制緩和されれば、EVクワドリシクルがそこに取って代わる可能性は高い。

 ところで、「311後のクルマ」という提案は、残念ながら見あたりませんでした。
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トヨタのプラグインプリウス
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日産New Mobilityコンセプト
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ダイハツPicoコンセプト
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by greenerworld | 2011-12-01 18:12 | エネルギー