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ポツダム宣言と「国体護持」

 今日7月26日は、70年前にポツダム宣言が発っせられた日。米大統領トルーマン、イギリス首相チャーチル、中国国民政府主席蒋介石の連名によるものでした。つまり、ポツダム宣言受諾は、アメリカ、イギリス、中国に対する降伏を意味していたわけです。

 実はトルーマンはその前日に日本に対する原爆使用を決定していた。もし日本がすぐにポツダム宣言を受け入れていたら、原爆投下はなかったのかもしれませんが、おそらく日本がすぐに受け入れることはないだろうとも思っていたでしょうね。

 26日にマリアナ諸島のテニアン島に着いたウラン原爆「リトルボーイ」は、ここで組み立てを完了し、8月5日にエノラ・ゲイに積み込まれて、翌6日に広島に投下され、多くの市民がその犠牲になり、生き残った人たちも原爆症で苦しむことになります。

 日本への原爆投下に先立ち、7月16日にアメリカでは原爆実験(トリニティ実験)が実施されましたが、これは長崎型のプルトニウム爆弾で、ウラン爆弾は事前の実験が行われておらず、広島投下は核実験でもあった。その威力を確かめるために終戦後米軍がいち早く広島に入り調査を始めたのは当然のことでしょう。

 さて、長崎にも原爆が投下された8月9日になってようやく、最高戦争指導会議がポツダム宣言受け入れを議論するのですが、そこでも「国体護持(=天皇制維持)」「戦争犯罪人処罰」「武装解除」「保障占領」をめぐって、なかなか結論が出ませんでした。当時の日本の指導層はなんとか自分たちの責任や処罰を回避しようと醜く右往左往していたのです。

 結局昭和天皇が「国体護持」の一点さえ守れれば受け入れやむなしとして、「聖断」を下すのですが、それは「敵が伊勢湾付近に上陸すれば、伊勢熱田両神宮(八咫鏡は伊勢神宮に、草薙剣は熱田神宮にあるとされる)は敵の制圧下に入り、神器の移動の余裕はなく、その確保の見込が立たない、これでは国体護持は難しい」という理由で、つまり国体護持とは、三種の神器の継承のことであったわけです。
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# by greenerworld | 2015-07-26 11:53 | 森羅万象  

トウキョウダルマガエルの調査

 私の住む東京・あきる野市でこんな調査をやっています。

http://www.city.akiruno.tokyo.jp/0000005945.html
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 トウキョウダルマガエルは関東から東北南部、長野県と新潟県に生息するダルマガエルの亜種で、トノサマガエルの生息域とはほとんど重なっていません。以前は古い時代にトノサマガエルと交雑した子孫だと言われていましたが(ダルマガエルよりスマートで模様もトノサマガエルに似ている)、最近ではダルマガエルから地理的隔離によって独自に進化したと考えられています。ダルマガエルは新しい進出者であるトノサマガエルによって生息域が狭められましたが、トウキョウダルマガエルは、高い山々のお陰でトノサマガエルの影響(侵略)を免れたともいえます。

 以前、自然保護仲間と話していて、実は都内ではトウキョウサンショウウオよりもトウキョウダルマガエルの方が危機的なんじゃないかという結論に至りました。思いつく生息地が、あきる野市内でも数カ所しかありません(丘陵や山地にはいません。平地の田んぼのカエルなのです)。多摩川水系ではほとんど見られなくなっているはずで、家の近くのかろうじて残っている水田でも、水が張られるころに声はするけどかなり少ない。成体は多摩川支流の平井川ですごしていて、産卵時期だけやってくる感じになっています。ここも水田耕作をやめてしまえばいなくなってしまうでしょう。

 ただ河川敷に湾処(ワンド)のあるところでは生息の可能性がありますので、多摩川下流方面の方もぜひ探してみて下さい。夜にけっこう大きな声で鳴きます。鳴き声はこちらにあります。
http://www.hitohaku.jp/material/l-material/frog/zukan/mp3/Ka105.mp3
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# by greenerworld | 2015-04-20 10:47 | 生物多様性  

お茶の実と太平洋戦争

 父の葬儀をした葬祭場から火葬場にかけては丘陵の裾で茶畑が多い。大阪から駆けつけてくれた父の従兄弟が、「このへんまで茶の実拾いに来よったなぁ」と懐かしげにポツリともらした。

f0030644_920397.jpg 父の従兄弟は先の戦争時、掛川にある母親の実家(つまり私の実家)に疎開していた。その時に軍の命令で茶の実集めをさせられたというのだ。チャノキはツバキの仲間で、冬に果実の外皮が割れて中に2〜3個入っている実がこぼれる。硬い殻に包まれた実には油分が多く、それを搾って燃料にしようとしたらしい。

 「今で言うバイオマスエネルギーやな」

 エンジニアだった父の従兄弟が言う。

 「そんなもん集めたかて、どないもならんと思うけどな」

 たしかに子どもらが歩いて集めた茶の実の量など知れたもので、実際に使われたかどうかもわからない。それでも子どもたちは日本の勝利を信じて茶畑を歩き回っていた。ちょうど70年前の今ごろの季節のこと。
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# by greenerworld | 2014-12-19 09:25 | 花鳥風月  

あのE.ONが自然エネルギー企業になる!

 ドイツ最大のユーティリティ(電力をはじめとするエネルギー事業)であるE.ON(エー・オン)が分社化し、発電部門などの上流部門を切り離し、さらに自然エネルギー事業、送配電事業、エネルギー効率化サービス事業に集中するという。

 「これまでの幅広いビジネスモデルでは、変化するグローバルエネルギー市場、技術革新、顧客ニーズの多様化に向けた新しい挑戦に対応できなくなった」というのがその理由。逆にいえば、時代の変化に対応して変わらざるを得なくなったということだろう。

 E.ONが自然エネルギー企業になるというのは、日本でいったら東京電力が自然エネルギー企業になるのと同じくらいのインパクトのある話。自由化と自然エネルギー導入の進むEUだからということもできるが、いずれ日本のエネルギー市場もそのあとを追うことになる。電気事業法の庇護の下地域独占での殿様商売にあぐらをかいてきた日本の電力会社に、こうした自己革新ができるだろうか。適応力を失った巨大恐竜は滅びるのみだ。

出典:ガーディアン
"E.ON to quit gas and coal and focus on renewable energy"
http://www.theguardian.com/…/01/eon-splits-energy-renewables
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# by greenerworld | 2014-12-02 08:44 | エネルギー  

泣ける十割手打ち蕎麦

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 所用で奥会津を訪れ、昼食に町家風の蕎麦屋に入った。蕎麦粉100%、ご亭主渾身の手打ち蕎麦を食わせるそうだ。

 まだ時間が早かったせいか、ほかに客はいない。20〜30分待っただろうか、たぶん注文をとってから打っているのだろうと思っていると、ようやくせいろにのった蕎麦がやってきた。さすが蕎麦粉100%の手打ちだけあって、期待にたがわず太さも長さもまちまち、ところどころ板状の切り損ねも混じる。当然茹で加減を揃えるのは難しかろう。細いのはとろけるようで、太いのはかたく噛みごたえがある。口の中で二種類のそばがハーモニーを奏でる。

 一本一本の長さは1〜8cmほどだろうか、つながっていないので箸で少しずつつまみ、何度かに分けてつけ汁へ。すするというより蕎麦ぢょこを傾けて箸で掻き込むようにして食べなければならないのも、この店ならではだろう。そのためか、つけ汁はあくまで薄味で、出しも控え目、蕎麦全体を浸して食べたいという蕎麦食いの夢を叶えてくれる。

 新蕎麦の時期であるが、あえて一年以上寝かせたそば粉を使っているようで、あのむせかえるような新蕎麦の香りが苦手な人でも大丈夫だ。大盛りを頼んだが、ちゃんとせいろが見える上品な盛り方である。海苔もたっぷりとふりかけられ、自家製の漬物もついて850円は良心的といえる。

 待つ時間も含めて一時間近くいたが、新しい客はなくゆっくりと蕎麦を堪能できた。他人には決して教えたくない、胸の内に密かにしまっておきたい名店である。
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# by greenerworld | 2014-11-04 17:15 | スローフード  

第5回飯舘村放射能エコロジー研究会シンポジウム in 福島

今年も福島シンポジウムを開催します。皆さまのご参加をお待ちしています。

第5回飯舘村放射能エコロジー研究会シンポジウム in福島 2014秋

原発災害と生物・人・地域社会への影響と補償・生活再建の途を探る
共同世話人 今中哲二・糸長浩司・小澤祥司

日 時:2014 年 12 月 7 日(日)11:00 ~ 17:10
場 所:福島県青少年会館大研修室(収容人数 200 名程度)
   〒960-8153 福島県福島市黒岩字田部屋 53 番 5 号
参加者:一般市民、研究者参加費:無料
お申込:当日受付可、Web 事前登録歓迎
http://iitate-sora.net/

主 催:飯舘村放射能エコロジー研究会

共 催:NPO 法人エコロジー・アーキスケープ

協力団体(50 音順):飯舘村後方支援チーム、京都大学原子炉実験所原子力安全研究グループ、原子力資料情報室、原発事故被害者相双の会、国際環境 NGO FoE ジャパン、市民エネルギー研究所、 日本大学生物資源科学部糸長研究室、BIOCITY、ふぇみん婦人民主クラブ、 福島から祝島へ~こども保養プロジェクトの会、福島の子どもたちとともに・湘南の会、 北海道大学スラブ・ユーラシア研究センター家田研究室

お問い合わせ/ IISORA 福島シンポジウム事務局
tel:090-6601-6786 email : sympo@iitate-sora.net

プログラム
<開会あいさつ> 11:00 ー 11:05
<第 1 部>放射能の生物・生態影響
座長: 小澤祥司
11:10 ー 12:30
■汚染地域におけるヤマトシジミの異常率の推移 (2011-2013)•••• •••琉球大学 大瀧丈二
■放射線汚染地域のため池に棲むコイの健康状態•••••••••••••••••元東京大学 鈴木譲
■放射線被曝によるサルへの影響••••••••••••••••••••日本獣医生命科学大学 羽山伸一
■質疑応答

昼食休憩 12:30 ー 13:30

<第2部>放射能汚染の実態解明と除染
座長: 國學院大學 菅井益郎 13:30 ー 14 :20
■飯舘村農林地の汚染と飯舘・浪江・山木屋の住宅内の放射能汚染の実態(除染後の評価)
日本大学 糸長浩司
■飯舘村や浪江町赤宇木での放射能汚染調査の報告••••••••••••••••京都大学 今中哲二
■質疑応答

休憩 14:20 ー 14 :30

<第3部>補償と生活再建の道を考える
座長: 糸長浩司 14:30 ー 17 :10
■飯舘村民の避難生活と生活再建意向•••••••••••••••••••浦上健司(EAS)+ 糸長研究室

■補償と生活再建への思い ••••••••••••••••••••••••長谷川健一(飯舘村民) ••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••杉下初男(飯舘村民) •••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••市澤秀耕(飯舘村民) •••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••國分富夫(原発事故被害者相双の会)
■原発事故におけるADRの意味と展望••••••••••••••••••••••••••( 保田行雄 弁護士)

■討論 16:30 ー 17 :10
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# by greenerworld | 2014-10-11 22:21 | イベント  

『れくいえむ』(郷静子著)

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 この作品を初めて読んだのはちょうど40年前の夏。作者の郷静子さんは、その前年に本作で芥川賞を受賞、夏休みに入る前に担任の国語教師から単行本を渡され、県のコンクールに出すから読んで感想文を書くように言われた。夏休みからは受験勉強のつもりだったから、気が進まずにいたが、読み始めると、そのまま一気に読んでしまった。

 太平洋戦争末期、横浜にある仏教系の私立高等女学校に通う節子は一途な軍国少女である。節子の兄は、東京理専を中退して海軍予備学生として、特攻隊に配属される。

 節子は学内で起こったふとした事件から、2歳年下のなおみと知り合う。なおみの父はアメリカへの留学経験もあるリベラルな大学教授で、論文を軍批判と咎められて獄につながれている。節子を慕うなおみは、自分自身も頑張って軍国少女になろうと決意するが、父親のことで謂われなきいじめや不当な扱いを受け続ける。

 節子の回想と、節子となおみの交換ノートによってストーリーは展開する。戦局はいよいよ緊迫し、節子ら高女3年生(14歳〜15歳)も、工場に動員される。

 最初から最後まで、おびただしい死が描かれる。淡々と。死は日常茶飯事なのであった。節子は戦争と病気という二つの死に取り憑かれる。空襲はいよいよ激しくなり、節子はなおみを失い、ひそかに慕う人を失い、家を焼かれ、父や母を失う。かつて日本軍が中国を空爆した場面をニュース映画で観て万歳を叫んだことを節子は思い出し、その下に多くの命と日常があったことに思い至るのだ。それでも節子は工場に通うことをやめない。不治の病であった結核に冒されながらも、ただただひたむきに日本の勝利を信じ、疑わなかった。そして敗戦の日を迎える。それとともに彼女の信じてきたものは全て跡かたもなく消え失せた。

 集団的自衛権についての憲法解釈見直しなど、現政権の「軍国化」路線が気になり、読み返してみたくなったのだが、単行本はおろか文庫も絶版で、古本を取り寄せるしかなかった。かなり傷んだページを繰り始めると、あの夏と同様、一気に読み終えた。あらためて、若い人に読んでほしいと思った。絶版なのは残念でならない。
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# by greenerworld | 2014-08-15 11:23 | レビュー  

風が吹けばセシウムが飛んでくる

昨日(2014年7月14日)の二つのニュース。

1)昨年8月19日のフクイチ3号機がれき撤去で、北西方面に放射性物質が(粉塵とともに)流れた結果、南相馬市でイネを汚染した。吸い上げたのではなく、直接降りかかったようだ。もちろん、検出された場所だけがたまたま汚染されたのではなく、この方向に広く放射性物質を含む粉塵が漂っていたはずだ。飛散量は最大で4兆ベクレル、南相馬市では0.04ベクレル/cm2が沈着したという。数字の出し方も姑息で、㎡あたりにすれば400ベクレルだ。

 朝日新聞「がれき撤去で飛散、コメ汚染 福島第一の20キロ先」
 http://www.asahi.com/articles/ASG7F4JF9G7FUUPI005.html?iref=comtop_6_02
 毎日新聞「福島第1:放出量は最大4兆ベクレル がれき撤去で東電」
 http://mainichi.jp/select/news/20140715k0000m040129000c.html

 実は昨年の8月12〜18日は飯舘村に滞在して、ヒアリングなどを実施していた。8月17日にはフクイチから2〜3kmの双葉町の海側まで入った。これがもし2日後だったら、何も知らずにセシウムをたっぷり吸い込んでいただろう(いやその日でも十分に吸い込んだかもしれない)。

 問題はこういった重要なことが、住民には何も知らされずに実施されていることだ。事後にも全く知らせない。東電だけではない。東電に指摘した農水省も、報告を受けた福島県も黙んまりを決め込んだ。隠蔽体質は全く改まらないまま、事故は収束、除染が完了したら早くお戻りください、という。欺瞞そのもの。

2)漫画『美味しんぼ』で議論になった福島の「鼻血」問題。東神戸診療所の郷地秀夫所長が「放射性物質が結合した金属粒子が鼻の粘膜に付着し、内部被曝を起こした可能性がある」と学会で発表、鼻血よりむしろ内部被曝に警鐘を鳴らした。

 神戸新聞「福島の鼻血『内部被ばくか』 神戸の医師、学会で発表」
 http://www.kobe-np.co.jp/news/iryou/201407/0007142183.shtml

 もちろんこれも仮説であり、これで鼻血問題に決着がついたわけではないが、内部被曝でいうと、セシウム粉塵の飛散問題はこれからも続く。フクイチからばかりではない。今年三月に飯舘村の線量調査に入り、雪のセシウム含有量を調べたところ、道路から近い場所、交通量の多い場所ほど高かった。間違いなく車がセシウムを含む粉塵をまき散らしているのだ。いま除染作業が進みトラックが行き交う汚染地には、セシウム粉塵が飛び交っている。量が多ければ、気象条件によっては相当遠くまで飛んでいくだろう。家々の屋根や壁にまた吹き積もる。動物も吸い込む。人がいれば人も吸い込む。鼻の粘膜にくっついて内部被曝をもたらすかもしれない。

 除染が完了しても、それは生活圏のまわりのわずかでしかなく、風が吹くたびにセシウム(を含む粉塵)はまたどこからか飛んでくるのだ。もちろん、フクイチからも。国や県は、「線量が下がったら」そこに戻れというのである。
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# by greenerworld | 2014-07-15 10:26 | 3.11後の世界  

猛威を振るう中国の大気汚染

 例年早春に眺望を霞ませるものといえば黄砂であったが、ここ数年は大陸からの大気汚染物質(エアロゾル)がその原因となることが多い。今日も快晴にもかかわらず西の空は近くの山も見えないほど霞んでいる(下の図はSPRINTARSによる予測モデル http://sprintars.riam.kyushu-u.ac.jp/index.html)。
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 中国で大気汚染が加速するのは21世紀に入ってからで、急激な経済発展と期を一にしている。この時期日本始め先進国の製造業がこぞって中国進出を進めた。工場や発電所なども排気ガス対策を考えずに大急ぎで建設された。中国北部では平均寿命が5年半短くなるとか、世界の肺癌の36%が中国で発症しているとか、中国の大気汚染による健康影響に関してさまざまなデータが出てきているが、中国での大気汚染がとくにひどくなったのはここ数年で、健康影響が深刻化するのはこれからだと思う。

 大気汚染物質は朝鮮半島や日本列島にも押し寄せ、すでに中国一国だけの問題ではなくなっている。日本でも健康影響だけでなく、酸性雨による影響も今後出てくるだろう。エアロゾルにはPM(粒子状物質)やNOx、SOxだけでなく、水銀も含まれ、食物連鎖を通じて人間に取り込まれるおそれがある。大気汚染が深刻なのは、同じく急発展するインドも同様だ。インドでは裕福な階層は大都市を避けて、汚染の少ない地方に家を建てて住んでいるそうである。不便よりも健康優先ということだろう。インドネシアやヴェトナムのような東南アジアの新興国も後を追いかけている。

 1970年ごろ北欧では酸性雨が深刻化し、森の木々が枯れ、湖の魚が大量死した。その原因が、国境を越えてきた大気汚染物質であったことから、スウェーデンでは一国における公害対策には限界があると考え、国際社会に提案し1972年のストックホルム会議(国連人間環境会議)開催につながった。これが今も10年ごとに開催されている「地球サミット」の嚆矢である。

 果たしてアジアで同じような枠組みをつくることができるのか。早期に公害を経験した日本が主導できる(すべき)分野だと思うが、冷え切って対話すらおぼつかない日中関係を考えると見通しは暗く、しばらくは西方からやってくる汚染大気におののいているしかなさそうだ。中国では大気だけでなく水や土壌の汚染も深刻。環境問題はさまざまな政治対立を超えて協力し合える格好のテーマだと思うのだが、残念ながら日本政府の環境問題への取り組みはこのところ大きく後退しているように見える。
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# by greenerworld | 2014-02-25 11:59 | 環境汚染  

「減電」で日本が再生する

(講談社の『本』に掲載したものです。一部加筆修正してあります。)

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 ライン川の支流に削られた谷は思いのほか深く険しい。暗い葉色をしたトウヒやモミの森を縫うつづら折りをレンタカーで上りきると、丘の上には思いがけず雄大な牧草地が広がっていた。そこには森を見下ろす巨人のような風車が五基、間を置いてゆったりと羽根(ブレード)を回転させていた。南斜面に建つ家々や畜舎の屋根には太陽光発電パネルが輝き、軒先にはたくさんの薪が積み上げられていた。

 ドイツ南西部のバーデン-ヴュルテンベルク州フライアムトは、黒い森(シュヴァルツヴァルト)の中にある村だ。二〇一二年五月に、私がこの村を訪れたのは、自然エネルギー導入の進むドイツの中でもとりわけ先進的な地域だと知ったからである。この村では風力発電、太陽光発電、そしてバイオガス(家畜糞尿や食品廃棄物などを原料に発生させた、メタンを中心とする可燃性ガス)発電で、村で使う以上の電気を生み出しているほか、暖房や給湯の燃料は地域で取れる薪や、木々を粉砕したチップでまかなう。その薪やチップは村外にも運ばれている。

 二〇〇〇年にドイツで導入された再生可能エネルギー法(EEG)は、自然エネルギーからの電気を、コストに見合いなおかつ利益の出る価格で買い取ることを電力会社に義務づけた。フライアムト村ではこの制度を活用し、地域住民が組合をつくって、風力発電ビジネスに乗り出した。太陽光発電の方は主に個人が銀行などから融資を受けて設置している。こうして自給自足どころかエネルギーの〝輸出〟を達成、風や太陽、森の恵みが、地域に富をもたらしているのだ。

 黒い森周辺は、春の味覚、軟白アスパラガス(シュパーゲル)の産地である。シュパーゲルの季節になるとレストランには、専用のメニュー「シュパーゲル・カルテ」が置かれる。ゆでたシュパーゲルにオランデーズソースをかけ、ゆでじゃがいもやシュヴァルツヴァルター・シンケン(塩漬け生ハム)を付け合わせるのが当地風だ。肉や湖でとれるマスもカルテにはあるが、こちらも付け合わせの扱い。メインはあくまでシュパーゲルなのである。

 当地はワインが名産でもあり、農業や観光が主要な産業。住民は、秋になると森に入ってキノコ採りやベリー摘みを楽しむ。そのキノコやベリー、マスが食べられなくなってしまったことがある。一九八六年春、旧ソ連チェルノブイリ原発で起きた事故によって放出された放射性物質が、はるか一五〇〇キロメートル離れたこの森に降り注いだのである。

 フライアムトの四〇キロメートルほど南に、シェーナウという小さな町がある。この町に住む母親たちは、チェルノブイリ原発事故に衝撃を受け、汚染地の子どもたちの疎開を受け入れるとともに、原子力のない未来を目指して活動を始めた。

 当時シェーナウの電力供給は一社に独占されていた。彼女たちは、電力会社に節電とともに原子力からの電気供給を行わないよう申し入れる。その申し入れが却下されると、彼女たちは今度は自前の電力会社をつくり、送配電網(グリッド)を買い取って、自ら〝原子力フリー〟の電気を供給することを目指した。

 この企ては無謀と思われたが、議会で僅差で承認され、一九九七年、彼女たちのつくった電力会社──実際には電力供給組合──シェーナウ電力(EWS)がスタートした。その後電力自由化を受けて、EWSはドイツ全土に自然エネルギーで発電された電気を販売するようになった。二〇一二年三月現在顧客数は一三万人に達し、一五年までに一〇〇万人を目指しているという。「世界の果てのようなこの町からドイツ中に電気を売っている」とEWSの広報担当、エヴァさんは胸を張る。

 フライアムトやシェーナウでの成功の背景に、この地域の中心都市フライブルクの存在を忘れるわけにはいくまい。七〇年代初め、フライブルクから三〇キロメートルほど離れたライン河畔のヴィールに、原子力発電所の建設が計画された。反対する農民たちを支援して、フライブルク市民を中心とする三万人もの人々が予定地を占拠し、最終的に計画を撤回へと追い込んだのである。市民たちは、その運動の中でエネルギーについて議論し学び合い、原子力のない未来へ向けて舵を切った。

 フライブルクでは、市民発のさまざまな先進的プロジェクトが活発に繰り広げられている。フライアムトの風力発電事業をプロデュースしたのも、フライブルクに本部を置くNGOだ。

 先進的な環境政策や交通政策の導入で、いまや「環境首都」として名高いフライブルクは、省エネルギー、エネルギー効率化、自然エネルギーを環境・エネルギー政策の三本柱に据えている。建物の断熱などによりまず使う場面でのエネルギー消費を削減し、熱と電気をともに使うコジェネレーション・システムなどの効率的利用技術によりエネルギーをむだなく使い、その上で自然エネルギーで置き換える。すなわち、作り運ぶ場面(インプット)と使う場面(アウトプット)での削減を前提に、エネルギーを適材適所で使おうというものである。こうした考えは、脱原発と気候変動対策を同時に進めようとする地域や国に共通している。

 三・一一後、わが国で繰り返されたのは、原発なしでは日本は深刻なエネルギー不足に陥るという議論であった。もちろん、この議論は前提が間違っている。電気だけがエネルギーではない。石油も石炭もあるし、暖房や調理には薪や炭も使える。太陽の光は電気に変えずに熱として利用すれば三倍も四倍も効率がよい。

 一方、発電所では大量の燃料を燃やしているが、その時発生する熱の半分以上、原子力発電では三分の二は廃熱となって環境中に捨てられているのだ。送電・変電時の損失もあり、われわれの許に届くのは投入されたエネルギーの平均して三分の一程度でしかない。

 わが国全体の最終エネルギー消費量に占める電気の比率は二五パーセント程度だし、家庭で使用されるエネルギーの半分程度だ。それも電気でなくてもよい用途に使われている。たとえば家庭で使うエネルギーの半分から三分の二は、せいぜい五〇℃もあればよい給湯や暖房に使われている。もし発電所で捨てられる熱が利用できるなら、総体のエネルギー投入量を三割程度は減らすことができるだろう。全てを電気に頼らずに熱を熱としてむだなく使うこと、電気と熱をバランスさせることが、脱原発のみならず、気候変動対策や将来のエネルギー枯渇を考えた時、重要な鍵なのである。

 三・一一以降のエネルギー論議に大きな違和感を感じて、私は「節電ではなく減電を、脱原発ではなく脱電気を」と主張してきた。そのためには現在のような大規模集中型の発電システムでなく、地域地域に適正な規模の、熱と電気の両方を使うコジェネレーション・システムを整備していくいく必要がある。風力発電で知られるデンマークだが、供給電力の半分以上はこうした地域にあるコジェネレーション・プラントからのもので、廃熱は温水として地域の暖房や給湯に利用されている。こうした使い方をすればエネルギーは自ずから地産地消に向かう。エネルギーの代金が地域に回り、関連産業も興るというわけだ。エネルギーシステムの変革は社会も経済も活性化させるはずである。
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# by greenerworld | 2014-01-26 12:48 | エネルギー